「Angel's wing」


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左之side

あれっきり音沙汰がないがこのまま距離を置かれたくねえ。


今日は木曜か…あんなこと言っちまったから休日誘うのは気がひけるし、出来れば明日あたり会いたい。


時計を見れば10時を過ぎていて、家に帰ってるだろうと電話すると、羽央の声の後には駅のアナウンスやらざわつく音が聞こえた。


まだ外か…朝からこんな時間まで仕事してたら飯なんて行く気にならねえよな。


諦めつつ一応聞いてみると、明日は忘年会だという。


その声色は気持ちを打ち明ける前と変わりなくて、拒むような雰囲気はなかった。


仕事に追われてるからこそ息抜きしたいと思うかもしれねえと、来週会う約束を取りつけて俺は電話を切った。


少し強引だったか…電話を切ると鼓動が早くなっていて、笑っちまった。


「ふっ…ガキじゃあるまいし…」


すっかり忘れてたな…こんな感覚…だが、悪いもんじゃねえ。


カレンダーを見れば来週末はクリスマス。むしろ、明日断わられてよかったのかもな。


旦那は人混みが苦手だって言ってたし、きっとクリスマスらしい所になんて行ったことねえだろう。


俺もギリギリまで仕事が忙しいがなんとかしねえと。せっかくだし遠出するか…


新八に聞いてみると、快く車を貸してくれた。


「俺のことは気にすんなって!その日は仕事だしさ。」


「ああ、すまないな。」


「おいおい、他人行儀じゃねえか…俺達の仲だろ?車は左之の都合のいい時に返してくれればいいからな。」


忘年会の時の事はお互い一切触れず、何もなかったような会話。


酒の席でのことは根にもたないって俺達なりのルールがあるからな。


携帯からは耳が痛いくらいの大声が聞こえ、いつものニカッっていう満面の笑顔が見えるみたいだった。


結局は新八に気付かされたようなものだしな…自分の気持ちってのは案外わからねえもんだ。


「お前には色々感謝してるぜ…」


しみじみと言ったせいか、俺が怒ってると勘違いした新八は“車ぴかぴかにしておくから勘弁してくれ”と慌て始めた。


酒の席とはいえ俺が本気でキレた所なんて見せたことないし、びびっちまったのかもな。


「気にすんな。怒ってねえしおまえがいてくれて良かったよ。」


そう言うと新八はいつもの調子に戻って、単純っていうか…らしいよな…


「がんばれよ、左之!」


最後に励まされるとは思ってなかったが、ここ数年デートなんてしてないし仕方ねえか。


車を借りたのは遠出するのもあったが、人目を気にする羽央のことを考えてだ。


食事に行っても、フロアに席が並んでいてまわりに客がいるような店の時はあまり話さなくなる。


もしかしてと思って個室や仕切りがある店に行ったら、落ちついて話していた。


電車じゃろくに話しも出来なそうだし、車の方が気分も変わるだろう。


仕事帰りだとどうしても仕事の話になっちまうが、休みの日ならもっと色んなことが話せるかもな…


一応前日に電話すると疲れた声が聞こえ、休ませてやりたくなった。


せっかくだし朝から出掛けようと思っていたが、夕方駅で待ち合わることにした。


疲れてるのに無理させたくないし、負担になる関係なんて意味ねえからな。


俺ものんびりした朝を過ごし、新八に借りた車で駅に行くと羽央の姿はなかった。


遅刻か…来ないか…ちょっとの時間で騒ぎたてるのもな…


じっと待っていると10分ほどでやってきた羽央の姿が見え、ほっと息をついたのは内緒だ。


『遅れてすいません。寝坊しちゃって…』


助手席に座った羽央は申し訳なさそうに謝った。


「気にすんな。俺も道が混んでてぎりぎりだったし。それより仕事忙しそうだな。毎日残業なのか?」


仕事の話はしないと思ってたのに…結局、舞い上がってたのかもしれねえな。


『そうですね…休日出勤はなしだから、その分平日は残業です。』


「まあ、休みがちゃんとあるだけよしとしねえとな。今日は息抜きして楽しもうぜ。」


“はい”と返事した羽央はナビの声にビクッと反応しモニターをじっと見ていた。


「イルミネーションが綺麗な所に行こうと思ってな。ドライブしようぜ。」


『イルミネーション…楽しみ…』


「そうか?行こうとしてる所はすごいらしい。400万個の電球とか書いてあったな…」


『凄い数ですね。』


「ああ、ここからだとちょっと時間かかるけどな。だが…」


思ったよりも自然に続く会話にほっとしつつ高速に乗ったが、渋滞にはまり思ったよりも進まねえ。


急に静かになったな…羽央の様子を見ると、シートベルトに頭を乗せるような格好で眠っていた。


俺の話がつまらなかったか?あり得る話だが羽央の性格を考えればそれはない。


本当に疲れてるんだな…逆にそんな状態でも、俺との約束を守ってくれたことが嬉しい。


それだけ気を許せるようになったって思いたいもんだ…


あどけない寝顔から視線を前に向け、音楽を聞きながら車を走らせた。


羽央が動いたのが分かって横を見ると、きょろきょろしていた。


「起きたか。もうすぐ着くぜ?」


『すいません。音楽聞いてたら眠ってしまって…』


「気にするなよ。道も途中から流れてたしな。」


辺りは夕焼けを通りこしすっかり暗くなっていた。


『あっ、観覧車!綺麗ですね…』


羽央が指差した方を見れば色を変えながら回る観覧車。ナビの方向からしても…


「あそこが行くところだな。観覧車好きか?」


『どうかな…乗ったことないから…』


「高い所が駄目なのか?」


『駄目ではないと思うんですけど…遊園地みたいな所行ったことなくて。』


年寄りならともかく、羽央ぐらいの年代で遊園地に行ったことがないなんてあり得るか?


疑問が湧かなかったわけじゃねえが“そうか”と流したのは羽央の雰囲気が変わっちまったからだ。


俺が知らない羽央がいるのは確かだが、聞くのは早いのかもな…


森の中にある駐車場は混んでいたが、車から降りた羽央は木々に見え隠れするイルミネーションを見て楽しそうにしていた。


まだ入り口だが喜んでくれてるのを見ると嬉しいもんだな。指示された順路で歩くと辺り一面敷き詰められた電球が圧巻だった。


白い電球で飾りつけられた森は雪山みたいに眩しかったが、急に羽央が足を止めどうしたのかと顔を覗きこんだ。


光りが映り込む瞳は遠くを見るような視線で、さっきまでの楽しそうな雰囲気は何処かへいっちまってた。


何を考えてるんだ?このままにしちゃいけねえ…そんな焦りを感じた。


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