「Angel's wing」


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どういうこと…?小説を書いたのは別の人って…


現実を突きつけられた衝撃…総司は私よりも辛かったと思う。あんなに様子が変わってしまうほど…


私の思いこみで言ってしまったことが目の前の総司を作った…


“僕の本なんてこの世には存在しないんだ!!”


狂気に満ちた表情で叫んでいたけど言いきった瞬間、その瞳は哀しげに力を失った。


それを見たら息ができなくて苦しくなった…


総司…ごめんね…私のせい…総司は自分の中でなんとかしようとしてたんでしょ?


書き上げた時の誇らしげだった総司を思い出すと、やりきれなくなる…私は一番しちゃいけないことをしてしまった。


何も知らなかったとはいえあの本を褒めた。当たり前のような顔で、はっきりと…


どうしよう…言葉がみつからない…謝ったら余計こじれそうで…


焦りと不安で心が支配され力が抜けた手から本が落ちたけど、それを拾ったらその本を肯定したことになってしまう。


崖の先端に追い詰められたようにただ総司の言葉を待つしかなかった。


総司に責められてもいい…でも嫌われたら…頭にはそれしかなくて…


「ねえ、僕が怖いの?」


『……そっ…そんなことないよ…』


私を拒むような表情を見たら、否定するのが精一杯でうまく説明できなかった。


自分の言葉が持つ重みを考えて話したことなんて初めてで…震えだした手を何とかしなくちゃって必死だった。


本のこと…私のこと…総司はどう思ってるの?知りたくても…答えを聞く勇気がなかった。


立ちつくすだけの私に呆れたのか、総司はベッドから勢いよく降りると着替え始めた。


ジャケットまで着こんだ総司はどこに行こうとしてるの?私が嫌になって出ていくの?


「検査に行ってくる。二、三日留守にするけど心配しないで。」


洋服を乱暴にバックに押し込みながら背を向けたままそう言った。どうして私に背を向けたままなの…?


検査に行く時は一泊…私と距離を置く言い訳にしか聞こえなかった。


でもそうさせてしまった原因は私…総司が私を責めないのは優しさだけど、無理してるのがわかる。


ねえ、総司…私、どうしたらいい?総司を助けることはできないの?


声にならない問いかけに総司が答えるはずもなく、後姿はあっという間に見えなくなった。


寝室のドアを閉めずいなくなってしまった総司と入れ替わりにソマリがそろそろと入ってきた。


いつもなら駆け寄ってくるのに私と少し距離を置いて止まったソマリ。私と総司がいつもと違うってソマリも気付いたんだね…


総司が家から出ていったことなんてなかった。もし帰ってこなかったら…


怖くて…怖くて…やっぱり私は一人じゃ生きれないって思った。


『総司…待って…る…っぅ…待っ………ヒック…っ……まっ……てっ…ぅっ…』


自分に言い聞かせるための言葉はいつの間にか震え、歪む視界に諦めそうになるけど、私は何度も何度も負けないように呟いた。


それでも夜という闇に力を得た涙は前向きな気持ちすら蹴散らしてしまう。


負けちゃダメ…そう思ってもすぐに涙が溢れてくる。私は布団に顔を押しあて涙に蓋をした。


一人は嫌だよ…総司……


頭の中では総司とのやりとりばかり思い出して眠れなかった。急に響き渡った救急車のサイレンでビクンと上体を起こした。


遠さかる音…少し明るくなった部屋の時計はいつも起きる時間より早い。


仕事休みたい…一昨日は遅刻…昨日は早退。あそこに就職できたのは出版社の人の紹介だから…私がこんな状態じゃ総司に迷惑が掛かる。


二、三日留守にするって…今日はきっと帰ってこないんだろうな…部屋で一人待つのは耐えられそうになかった。


私は気力を振りしぼり立ち上がると熱いシャワーを浴びた。


誰にも迷惑をかけちゃいけない。午後は外に出ることになってるし私の仕事だもの…


外に出るとお日様の光が眩しかったけど、それだけで私の暗い気持ちを消してくれる気がした。


事務所に着くと寝てないから頭がぼぅーっとしてたけど、仕事に追われ総司のことを考える余裕はなかった。


午後は一人で外回り。電車は混んでいて立ちっぱなしだった。ヒールが高く感じる…足元がフラフラするから吊革に必死に掴まった。


こんなに大勢人がいるのに、一人ぼっち…


まわりにおいてけぼりにされてるような気持ちを感じたのは病院に入院してた時以来だった。


携帯を見てもいつもの待受画面があるだけ。総司から連絡はないとわかっていても一人だとちょこちょこ確認してしまう。


外でもすぐに着信に気付けるようにバックには戻さず、コートのポケットに入れた。


定時を過ぎて事務所に着くとみんな帰り支度をしていた。最近、忙しくて残業なのに…


『戻りました。斎藤さんも帰るんですか?』


コートを着た斎藤さんに声をかけると、ふっと表情を緩めた。


「完全に忘れていたのだな。今日は忘年会だ。仕事は途中だと思うが来週へ持ち越してくれ。」


『忘年会…でしたね…。忘れてました…書類だけ片付けます。』


受け取ってきた書類だけ引き出しに仕舞うと、わいわいと話しながら歩く先輩の後について行った。


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