「Angel's wing」
□30
1ページ/10ページ
日本へ向かう飛行機の中、仕事をする総司は行きとは違ってピリピリしていた。
そっとしておこう…私は外を眺めながら別れ際、谷さんに言われたこと思いだしていた。
「良かったらまた来てくださいね。ここは、土地が人を呼ぶんです。」
意味はわからないけど“また、行きたい”と思う私がいた。
たった数日で私の気持ちが変わってしまったんだから自然の持つ力は凄い。
変わったのは私だけじゃない。総司もだった。
「羽央、明日も出掛けるから夕飯は一人で食べてくれる?」
『うん…わかった。』
こんな会話も慣れたなぁ…帰国してから総司は頻繁に出版社の人と会うようになった。
出版社に行くんじゃなくて、外で食事しながら仕事の話をしているみたいだった。
外に出る苦痛よりも小説にかける総司の情熱を感じると、私はその背中を笑顔で見送ることができた。
家に一人でいるのはつまらないけど…ソマリがいる。テレビを見たりしてのんびりと過ごすようになった。
旅番組は行ったことのない場所を紹介してくれるからつい見てしまう。
はしゃぐリポーターをみると楽しそうだけど、そこに行きたいとは思わなかった。
カヤックがしたいな…日本にいるのにカナダで感じたものが私を離そうとしない…
総司の仕事が少し落ち着いたら聞いてみよう。そう思っていたけど、一ケ月たっても忙しさに変わりはなかった。
ソファに背を預け、ぼんやり壁を見つめている総司に声をかけた。
『総司…ちょっと話があるんだけど…』
「どうしたの…羽央?座りなよ…」
隣に浅く座り顔を見ると、総司は疲れた顔をしていた。やっぱり出掛けることが負担なのは変わらないんだ。
カヤック一緒に行ければと思ったけど…無理だよね。
一人でも行くって言ったら総司は何て言うかな…でも行きたい。
『私…カヤックがしたいの。体験ツアーがあるんだけど…行ってもいい?』
「行きたいなら、行っておいでよ。羽央一人で行ける?」
『う…ん、大丈夫…本当にいいの?』
総司が一人で行くことを認めてくれるとは思わなくて…驚きながら聞き返してしまった。
「僕が君のしたいことを反対する訳ないでしょ?僕も仕事で忙しいし…羽央が楽しめるならいいじゃない。」
カナダではカヤックの話を聞いてくれたけど、日本に帰ってきてからはそんな時間もなかった。
私が好きなこと、総司は認めてくれてる…それだけで嬉しいよ…
『ありがとう!総司!』
首元に抱きつくと“楽しんでおいで?”っていう総司の声が聞こえた。
なんだかドキドキした…久しぶりに総司を近くに感じたからかな…心がうきうきする。
すぐに申し込んで行ってみると、私の他にも四人いて講習の後に穏やかな川を下った。
二時間は仕事の時とは違って、あっという間に過ぎた。
なんだか…もの足りない…そんな私にインストラクターの人がパンフレットをくれた。
『カヤックスクール…ですか?』
「沖田さん…物足りなかったですよね?顔に出てたし…これだとレベルに合わせて色んな技術も学べますからもっと楽しめるようになりますよ。」
“もっと楽しめる”その言葉が気になった。カナダで感じたような充実感を味わえるのかな…
渡されたコピー用紙を見ると、一回8千円…で三段階。
『申込は二人から…?』
「ええ、もしよかったら予約が入った時に連絡しましょうか?」
『はい!お願いします。』
また違うカヤックを楽しめるかもしれない。一つ終わるとまた新しい何かが見える…それが嬉しい。
自分の力で前を見てるって実感できるから…
夕方、家に帰ると総司は仕事をしていた。
『ただいま。仕事してるの?』
「おかえり。やれる時にしないと時間が足りないんだ。それより、どうだった?」
『“もの足りなかったでしょ”って、スクール勧められたの。これ…』
チラシを見せると“ふーん”と、私を見上げた。私がどうしたいか答えを待ってる?
『行ってみようかなって…思ってる。』
「あはは…そんな申し訳なさそうな顔しなくてもいいよ。僕も忙しくて時間作れないし…したいようにしていいよ?お腹すいたな…」
『うんわかった。ご飯…すぐ作るね。』
今の私にはしたいことがある。人との付き合い方を気にせず生きることは、すごく楽だった。
総司も私もお互い好きなことができるのは、すごく恵まれてることだと思う。
どちらかだけじゃきっと羨ましくなってしまうもの…
スクールに行くとカヤックの基本となる動きを教えてもらった。カナダでは大雑把だったから、細かい説明は新鮮で私は夢中で練習した。
その後も、月一回のペースでスクールに通ったけど生徒はいつも違う…仲良くなってもその場だけ。
「沖田さん…簡単だったみたいですね。普通の川じゃつまらないんじゃない?」
全部のコースが終わった後…インストラクターの沢田さんにそう言われ“そんなことないです”って答えたけど…
なんだかすっきりしない…
自分の求めてるものと向かってる方向が違う感じがして、私はその答えを探していた。