「Angel's wing」
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手術後、総司は面会時間ずっと付き添ってくれたけど、締め切りはもうすぐ。
『総司、昼起きてたら夜仕事するとき疲れちゃうんじゃない…?帰って寝たほうがいいよ。』
「大丈夫だよ。締め切りには間に合わせるから…羽央は僕がいると迷惑?」
そんな風に言われたら“そんなことないよ”って言うしかなくて。
総司の顔を見れば疲れているのわかるし、心配だよ…私は負担をかけてばかり…
そんなことを考えていても、規則正しい入院生活のサイクルに点滴や検温をしていると一日があっという間。
『総司…それ位は持てるよ?』
「いいの。君には早く治ってほしいから。」
『そんなんじゃ私、何も出来なくなっちゃうよ…』
退院する時、私の携帯や財布がはいった小さなバックまで持ってくれる総司は心配しすぎだと思う。
荷物の入ったボストンバックと小さいバックの二つを右手に持ち、もう一方は当たり前のように私に差し出してくれる。
指を絡めれば、総司の指輪が私の指にあたって頼ってもいいんだって思った。夫婦なんだもの…
総司は付き合う人が限られてるし、誰にでも優しいってわけじゃない。
私には前から優しかったけど、結婚してからさらに優しくなった気がする。
家族になったからかな…もし、私達に新しい家族…子供が生まれたらなんて想像した。
私にこんなに優しいんだもん、きっと子供には何から何までしてあげるんじゃないかな…思わず笑ってしまった。
『くすっ…』
「どうかした?」
不思議そうな総司の顔を見上げて“何でもない”と言えば“帰ろう”っていう優しい声が聞こえた。
家に帰ると私はベッドで本を読んだり、ソマリと遊んだり。家事は総司がしてくれた。
横になっているのには変わりないけれど、安らげる場所で過ごす時間は心地いい。
一週間の自宅安静と言われたけど三日もすると傷も痛まなくなって家事をするようになった。
総司は“本当に痛くないの?”って不思議そうだったけど、笑っても痛くないし…無理もしてない。
いままで病院に来てくれてた分、きっと仕事が遅れてる…総司に少しでも仕事をさせてあげたかった。
締め切りの前日、長編の翻訳がやっと仕上がった総司は疲れてるはずなのに、いつもの時間に起きてきた。
『何か食べたいものあった?今日は鍋にしたんだけど…』
シンクの下に箱に入った土鍋があったから出してみたんだ…これがあると凄く楽かも。
「特にないよ。鍋好きだから…嬉しいよ。」
どこかぼんやりしてるのは仕事が終わった安心感なのかな…疲れは見えるけど穏やかな雰囲気の総司にほっとした。
食事が終わり、シャワーを浴びた私がリビングに行くと総司が鞄を用意していた。
「羽央、明日出版社に行くんだけど一人で大丈夫?それとも一緒に行く?」
『一人で大丈夫。またいい評価もらえるといいね!』
「そうだといいけど。でも、長編は大変だね…今度は少し短めのがいいんだけど選べないからね。」
『でも、無事に終わってよかった!』
「明日までにもう一回通して読んでみるから、羽央は先に寝なよ?」
最後の仕上げ…大変だけど仕方ないよね。
“おやすみ”と声をかけ私はソマリと一緒にベッドへ向かい、横になって気付いた。
総司が出掛けるなら私の携帯、充電しておかないと連絡取れない。
『総司、携帯の充電器貸してくれない?』
リビングに行くと開いていたノートパソコンを慌ててバタンと閉じた総司。
「はい、どうぞ。」
そう言って自分の携帯を充電器から外すと、私に手渡した総司は携帯を弄りはじめた。
私がいると仕事ができないかな…“ありがとう”と充電器を手に寝室に戻った。
入院中は殆ど総司と一緒だったから携帯を使うこともなくて、ほったらかしになっていた。
開けば電池残量が一つ…気付いてよかった。コンセントを挿すと赤く光り、充電されていく携帯に安心して眠った。
だけどアラームをかけるのを忘れて目が覚めた時には9時を過ぎていた。
『総司!起きて!アラーム忘れたの…ごめん。』
ぐっすりと眠る総司を揺すって起こせば、目を見開いた総司は自分の携帯を手にした。
「アラームかけたのに、電池切れてるし…」
がっくりと言いながらも、あっという間に着替えた総司は鞄を手にした。
『総司、充電器…』
「大丈夫。車で充電できるから…とりあえず行ってくる。」
“いってらっしゃい”と言い終わるのとドアが閉まるのはほぼ同時だった。
出版社は都心にある。車でいくからいつも余裕をもって出てたのに…約束の時間に間に合うかな。
私が充電器使わなければよかった…今更どうにもならないけど、後悔してしまう。
カーテンを開けても空は鉛色の雲が立ち込めどんより暗い。
天気が良かったらもうちょっと早く起きれてたかな…そんなことをぼんやり考え、私はため息を一つ零した。
せめて総司が帰ってくるまでに部屋を綺麗にしておこう…掃除機をかけようとコードを取りだすと、携帯が鳴った。
総司、忘れものでもしたのかな…私は寝室に行き携帯を開けば知らない番号…
『はい……』
「沖田羽央さんですね?」
知り合いなんていないけど、落ち着いていて品がある女の人の声に疑うこともなく答えた。
『そうですけど…』
その一本の電話が全てを変えることになるなんて私は考えもしなかった。