「Angel's wing」


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今までは小説の所しか行ったことがなくて、医学・病気と書かれた本棚に行くと妊娠や女性特有の病気に関する本がいくつも置いてあった。


数冊手に取り、本棚の間にあるソファに座って小さく深呼吸して表紙に手を掛けた。


なんだかドクドクと心臓が嫌な音を立てる…こんなに不安な気持ちで本に向かったことなかった…


文字を目で追うと指先から血の気が引くのがわかるけど、ページをめくる指は止まらない。難しい漢字が並ぶ病名。


最後まで見ることはできなくてバタンと表紙を閉じた。次の本…読んでるというより何かを探すように次々とページをめくった。


どの本も行きつく答えは同じ。月経が起きないのは色んな可能性があって、診察してもらわないとその原因はわからない…


もっと詳しく書かれてある本を読んだ方がいいとは思うけど、本を借りるのは躊躇いがあった。


私が問題を抱えてるのが図書館の職員の人に知られてしまう…そっと本棚に戻した。


家に帰ると総司はまだ眠っていた。長編の翻訳を仕上げた後、いい評価を貰ってすぐに次の仕事がきたから今は夜に起きるサイクル。


すごく忙しそうだけど、やりたい仕事をしてる総司は満足そう…私に出来ることはバランスのいい食事を心がけることくらい。


仕事をしている総司にコーヒーを出すと、その一瞬だけ私達の左手の指輪が同じ視界に入る。


それだけで一緒に過ごす時間が少ない寂しさより、結婚できた嬉しさを強く感じていた。


総司は“ありがとう”と言って笑顔を向けてくれたけど、真剣な顔に戻り仕事を始めると私はそっとリビングを離れた。


仕事の邪魔はできない…総司に私の体の事を相談してもお医者さんじゃないんだからきっとわからない。心配させるだけ…


私も大人なんだから、自分のことは自分でなんとかしないと。お医者さんに行くくらい大したことじゃないし…


一人で寝ることに慣れたけど、いつものように目を閉じても眠れない。


総司に抱きしめてもらいたけど…私の横にいるのはソマリ。撫でるとゴロゴロ喉を鳴らし、大したことないよって言ってるみたいだった。


ソマリを撫でていれば心が落ち着くのに、今日は違っていた。


時間が経つほど心は不安の影に覆われていく──…


窓際が明るくなり始めるまで起きていたけど…限界を迎えた私は気を失うように眠りに落ちた。


「羽央、起きて?今日休みなの?」


『ん…仕事…』


起きあがるのも億劫で、寝たまま答えた私に“休むなら電話してあげるよ”っていう総司の声でばっと目を開けた。


『…もうこんな時間、仕事行ってくるね。』


慌ててベッドから降り着替えようとしたけど、総司の手によって私の腕は動きを止めた。


「羽央…何かあったの?」


総司の声は冷静で確信に満ちた声…言い逃れることはできそうになかった。


そんな私にふと田中さんの言葉が思い浮かんだ…


『ちょっと…月のもので…具合が悪かっただけだから…』


「そう…ごめん。そこまで気がまわらなくて。あんまり酷いなら休んだら?」


『ううん、そこまでじゃないから…』


総司に心配されると胸がぎゅっと苦しくなった。自分の気持ちを隠すだけじゃなく総司に嘘をついた。


夫婦なのに…正直に向き合わなければいけないのに…嘘をついた事実が私の心を締め付けていた…


総司が嘘を知ったらどう思うかと考えると、私以上に苦しむ総司の顔がチラつき、それをかき消すように私は着替えた。


「無理しないでね、羽央。」


そんな総司の優しい言葉に何て言っていいかわからない。“行ってきます”としか言えず私は部屋を後にした。


外はいい天気だけど頬に当たる風は冷たくて嫌でも目が覚める。とりあえず、仕事しないと…


お客さんがくると考えずに済むけど、小さなクリーニング店では座ってるだけのことが多い。


いつも机の下で本を読んでいるのが日課になっていたけど、今日はそれすらできなかった。


ただ道路を歩く人をぼんやり眺めて…頭に思い浮かぶのは昨日図書館で読んだ本のことと総司のこと。


結局は検査しないと…自分の状態がわからないと総司に言うこともできない。


私は電話帳で産婦人科を探した。この近くにあるのは一つだけ…


仕事が終わると私はそこに向かった。ふかふかのソファに豪華な内装…私が入院してた病院とは別世界だった。


初診のアンケートと保険証を出したけど全然呼ばれない。回りにいた妊婦さん達は来るとすんなり診察室へと入っていく。


結局一時間程待たされ、診察してもらった。


「23歳で月経が一度もない…とりあえず検査をしないと何とも。」


看護師さんに血液を取られた私は暫く待たされた。だけど何も異常がなかったようで、どんどんと検査が進んでいく。


「とりあえず、今日の検査はここまでで。何も異常はなかったので、明日卵管の検査をしましょう。」


『はい…』


とりあえず最初の段階で異常がなくてほっとして私は家路についた。


翌日、仕事帰りに検査に来たけど最終的に言われた言葉に愕然とした。


「検査では無月経の原因がわかりませんでした。紹介状を書きますので、病院の方で診てもらってください。」


『先生…どういうことですか?検査してもわからないって…』


「ここで行う検査では異常は見つかりませんでした。病院で再検査をしてもらえばわかるかもしれないと思いますので。」


それ以上何もいわず書類を書く先生を見つめていたけど、看護師さんに“待合室でお待ちください”と促され仕方なく診察室を出た。


これが現実とは思えなくて…まわりの妊婦さんの話し声が、まるで私を嘲笑うようにさえ感じた。


「…沖田さん。沖田羽央さん!」


大きな声で呼ばれて立ち上がると妊婦さん達が私を一斉に見ていた。どれだけ呼ばれていたのだろう…


気まずさに会計に行くと診察料を払い、紹介状と一緒に病院の地図のコピーを渡された。


「お大事に。」


事務的な言い方…そうだよね。この人にとっては私はただの患者でしかない。


不安な気持ちもやり切れない気持ちもどうすることもできなくて…ただとぼとぼと家へ帰った。


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