「Angel's wing」


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ボストンバックに荷物をまとめたけど、まだ総司はこない…


退院するのは嬉しいけど、いざ自分のものがなくなった病室はなんだか落ち着かなくて、丸イスに座り小さく深呼吸した。


暫くすると総司がやってきて私の荷物を持ち、二人で同室の人達に挨拶をして回った。


“退院おめでとう、元気でね”って皆、言ってくれて…


今までは私が言っていたその言葉を貰えることが本当に嬉しくて、鼻の奥がツンとした…


ここにいた三年の出来事が走馬灯のように頭に浮かんだ。


変わらない日々の繰り返しに感じたけど、今思うと同じ日は一日だってない。


退院が決まるとあっという間だけど、終わりが見えていない時は不安もあった。


でもそんな時がんばれたのは、総司の支えがあったのと、同じ時間を過ごしてくれた仲間がいたから。


今なら千さんが言っていたことがよくわかる…ここにいるのは、



【心が優しすぎて傷ついた人】



悲しみは数えられないほどあって、うまく受け止められなかった…それだけ心が繊細な人達。


私も接してみてそう思う。みんな優しかった…


攻撃的な言葉を発する人もいたけれど、強がらなければ自分を守れない人の裏を返せば弱いだけ。


自分の弱さを認められれば楽なのに…って思ったけど、そんな人も退院する頃には攻撃性はなくなっているものだった。


玄関に向かうと外来の時間で待合室にはたくさんの人がいた。先生には昨日挨拶したから…私達はそのまま外に出た。


丁度お客を降ろしているタクシーがいて、入れ替わりで私達が乗り込んだ。


それがなんだか、早く家に帰れっていう先生の気持ちみたいに感じたのは私だけじゃない。


「タイミングいいね。帰れって言ってるみたいだ。」


『くすっ、きっとそうだよ。」


私の言葉に総司は嬉しそうに目を細めると、握っていた手にきゅっと力を込めた。


もう手を繋ぐのに人の目を気にすることもないんだ…


そんなことを考えていると、総司は私の髪にちゅっと口づけ目を閉じた。


玄関に着くと帰ってきたのになんだか気持ちがふわふわして現実味がなかった。


戸籍をもらえたけど、私には何も変わったところがなくて…


急にちゃんとやっていけるのか不安になった…


総司が鍵を開け中に入っていったけど、なんだか足がすくんでただその光景を見つめていた。


一時外出で帰ってくる時と同じ。玄関で出迎えてくれたソマリと振り向いた総司。


だけど玄関先に置かれた荷物を見ると、一時外出じゃない…本当に退院できたんだって実感する。


この三年ずっと願っていた光景が今、私の目の前にある…


笑って“ただいま”って言いたいのに…



『………っ……ぅ…』



声を押し殺すのが精一杯で…溢れる涙を隠すように両手で顔を覆ったけど、その手は総司によって外された。


「羽央…泣いてる顔もかわいいよ。」


『…っぅ…かわい…ない…』


泣いてる自分が嫌で、総司にそんな風に言われても喜べなくて否定したけど、総司はとぼける様に聞き返してきた。


「僕が嘘つきだっていうの?」


『……』


黙って首を横に振ると私の体は総司の腕に包まれた。


その温もりの中トクトクと総司の鼓動を感じて、心が少しずつ落ちついていく…


「がんばったね、羽央。もういいんだよ?」


ふと耳元に届いた優しい声は私の心の深い所に大きな穴を開けた。


人に見せまいとしていた寂しさや迷い…不安。前向きに頑張ってきたけれどなかった訳じゃなくて…


私のこと総司はお見通しだったんだね…でも、入院中は敢えてそれには触れなかった…


総司が私の負の思いすら受け止めてくれる。行きつく場所を見つけた感情は抑えらず、開いた場所から流れ出た…



『そ……ぅ…わぁぁぁ…ん…わぁぁ…ん…』




総司が抱き締めてくれるとそこはどこよりも安心できて…私は初めて声を上げて泣いた…



自分が思っていた以上に心に抱えたものは大きくて、涙に姿を変えても少しずつしか外に出せない…



今までの暗い感情を洗い流すように私はただ、ただ泣き続けた。



泣きじゃくる私の髪を撫でながら、総司は黙って全て受け止めてくれた。



総司のシャツが涙で色を変えていくほど、私の心は軽くなっていった。



『……ありがとう、総司…もう、大丈夫…』


「羽央。泣いた君はかわいいって言ったでしょ?僕はもっと見ていたいけどな…」


そう言って悪戯そうな笑顔を向ける総司だけど、それが総司の優しさだって私はわかってる。


涙を手で拭うと私は総司に微笑んだ。


“また二人で新しいスタートだね”


総司の慈しみに満ちた眼差しがそう訴えていた──


私は目をつぶって深呼吸すると、はっきりした視界の中にいる総司に、言いたかった一言を告げた。


「ただいま。」


“おかえり”って総司が言う前にソマリの“ニャー”という鳴き声が玄関に響いた。


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