「Angel's wing」


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あれから僕達はどこか変な緊張感があった。【真実】に向き合う覚悟を決めていくみたいに…


それでも気持ちを確認した僕達に険悪な雰囲気はない。


むしろお互いの気持ちを言葉にはしないけど、見つめ合う瞳から感じ取っていた。


でも病院の中ではただの知り合いのようにしてるしかなかったけど…


「最近、羽央ちゃん変わったわね。」


羽央の病室に向かう途中で会った千は、そっと僕に囁いた。


「千か…、そうだね。前より安定してるね。」


「ええ、でも羽央ちゃんここにいる意味あるの?記憶がない以外は普通なのに。」


「仕方ないよ。僕もずっとこのままにさせるつもりはないけどね。」


「沖田さんがちゃんと考えてるならいいの。余計なこと言ってごめんなさいね。」


“気にしてないよ”と僕が言うと、千は笑顔で仕事に戻っていった。もう入院して三ケ月が経っている。


昨日先生に呼ばれて、前に言われていた一時外出の説明をされた。いつもの温和な先生と違い、どこか重々しい雰囲気だった。


「記憶が戻る兆候もないし、外の刺激があったほうが何か思い出せるかもしれない。頭痛とか体調に変化があったらすぐ連絡をくれると約束してもらえるかい?」


“もちろんです”と答えると、小さく息を吐き僕を見据えた先生は少し声を潜め話し始めた。


「あくまでも…これは君を信頼してだ。羽央君の為でもある。口外しないでもらいたい…意味はわかるね?」


「はい。ありがとうございます…。」


僕は頭を下げ診察室を出た。本来なら、外出許可は家族にしか出さないのは知ってた。


羽央には記憶がないし、家族がいない。警察には外に出すなと言われているだろう…


それでも羽央の為になることを第一に考えてくれるこの先生は、本当にいい医師だと思う。


利益や手間よりも患者を優先してくれる先生がいるなんて、この世も捨てたもんじゃない。


梅雨に入り暗い雲からしとしと雨が降る中、僕は朝から病院へ向かった。


「おはよう、羽央。」


『あっ…おはよう…総司…』


いつも面会が許可されてるのは午後だけ。“おはよう”の時間に会うことなんてなくて、なんだか君は照れてたね。


っていうか、パジャマ以外の服を着てるのが気恥かしいのかな…外出用に新しい服を君にあげたんだけど。


ひざ丈のAラインのワンピース。やっぱり似合う…女の子らしい服の方がかわいいよ?


“行こう?”と声をかけると嬉しそうに頷いて僕の隣に並んで歩きはじめた。


ふわふわと動くワンピースの裾を気にしてたけど、病棟の入り口の鍵を開けてもらうと、君は少し複雑そうな表情…


看護士がついてこない外出…解放感と何か変化が起きるかもという不安感が入り混じっていた。


雨は止む気配がない…病院の玄関の傘立てから自分のを取りだし広げた。


二人で相合傘なんて…初めてだね。この傘で羽央ちゃんを公園に迎えに行った時の事を思い出した。あの時、全てが変わったんだ…


“運命に立ち向かえる”あの時、君はそう言ったんだ。今思うと羽央ちゃんは自分に言い聞かせていたのかもしれない。


流されるんじゃなくて、自分から渦に飛び込むことを──


そんな事を考えながら無意識に大通りへ歩くけど、道がわからない羽央は僕にぶつかったり、傘から出てしまったり。


「羽央、腕を組んで?」


『こう?』


「あはは…羽央。それは間違ってないけど…ね。」


君は自分の腕を組んだ。それじゃ、怒ってる人みたいだよ…でも、きょとんとした顔が病室にいる君とは別人に見えた。


“こうだよ”と君の手をとり僕の腕にからませると、困ったように眉尻を下げた。


「大丈夫だよ。病院の外だし…こうしないとはぐれちゃうからね。」


そういうと“わかった”とほっとした表情で笑った君を見て、僕は歩きはじめた。腕を組んだことなんてなかったな。


病院で手を繋いでいて注意されたことがあってから、触れあうことすら気を使った。


“患者が恋愛感情を持つとトラブルに繋がるから”って説明されたけど。


だから面会室の机の下でそっと手を握るだけ。隠れればキスだってできたけど…しなかった。


好きって気持ちが大きくなりすぎると、羽央が寂しい想いをするんじゃないかって思ったからね。


通りに出てタクシーを拾い乗り込んだ。ワイパーの響く車内。視界に入った羽央の手は小さく震えていた。


僕に何を言われるか…不安なんだね。でも、僕の気持ちはあの頃とは違う。君を受け止める覚悟があるよ。


そっと君の手に僕のを重ねると、羽央の手が強張ったけど、僕は掌をすくい上げ指を絡めた。



数秒…固まったように僕の手を感じていた羽央がゆっくりと顔を上げた。


泣きそうな顔をしてた…僕はそっと君の耳元に顔を寄せ囁いた。


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