「Angel's wing」
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“私なら彼を幸せにできる”
梅さんは病気だから総司に対する気持ちがあるんじゃないのはわかってる。
だけど、今の私が総司を幸せにしてる自信はない。
総司は私がいるから頑張れるって言ってくれたけど…どうして総司は私にそこまで言えるの…?
記憶のない私に…それとも…総司と私には何かあったの?総司は何か隠してる?
唯一、私を家族のように大事にしてくれる総司にそんな疑問を抱くことが辛い…
聞くこともできないけど頭から離れなくて、本の活字を目で追っても話に入り込めない日々を過ごしていた。
同室の人はみんないなくなって…それでも私は梅さんの言葉に囚われていた。
新しい同室の人には自分から話しかけられない…一人ぼっち…前よりも孤独だった。
そんな時、看護師の千さんに話しかけられた。“今日はいい天気ね”って感じだったけど、今の私はそんな普通の会話に救われた。
私の病状を知ってるからか、私が知らないことは聞かれない。話すことは天気とか私の読んでる本の話とか…
何を言われるかとびくびくしなくていい会話は楽しかった。
「何か困ったことがあったら言ってね?」
最後はいつもそう言って笑顔を向けてくれて、その明るさに元気をもらう。
だけど、総司のことまでは話せなかった。千さんの明るさの前にいると、自分が弱くちっぽけに感じて…
ある時、総司を見送って病室に戻ると読み終わった本を渡すのを忘れていたのに気付き、まだ間に合うと部屋を出ようとした。
その時、聞こえた奇声に足がすくんだ。目の前を走っていった男の人の目は焦点が定まってなくて…
口元はどこか楽しそうに笑い半開き…怖くて、背筋がぞくっとした…
「危ない!千!」
でも、総司の焦った声が聞こえて私は廊下に出た。
千って…千さん?
そこには壁を背にした総司と…その腕の中には千さん。
何か話している二人は安堵したような優しい雰囲気で…
千さんは総司を見つめながら微笑んでいて…それはいつもの千さんとは違って見えた。
ざわつきながら廊下に出てきた人達を気にする様子もなく、荷物を拾い始めた二人は何か言葉をかわしていた。
ねえ…
総司…
何を話しているの?
千さんとは…どういう関係なの?
疑問が心を覆い尽くし、声を失った私はその光景から目を逸らすのが精一杯で…
後ずさりして病室へと戻った。ドクドクと早い鼓動は不安ばかり掻き立てた…
一人ベッドに戻って布団を頭までかぶった。暗い布団の中、目をつぶっても…さっきの光景が頭から離れない。
総司に恋人がいたら…あんな風に抱きしめたりするのかな…
千って名前で呼んでた…
二人は恋人同士なのかな…総司が幸せならいいことなのに…喜べない…
どうしてこんなにズキズキと胸が痛いんだろう…
いつも一番近くにいたと思っていた総司が遠くにいってしまったみたいで…
「…そっ…うじ…っ…」
囁く声をさらに押し殺しひっそりと名前を呼んでも、総司には届かない。
鍵のかかるドアの向こうに行ってしまった総司を呼び戻すことなんて、私にはできない…
いつも私に向けられていた笑顔が自分だけのものじゃない…
『…っ…うっ…ヒック…』
そんな私の目からは涙が溢れた。
何でこんなに悲しいのかな…私…
記憶もないけど…今の自分もわからない…
布団で口を押さえ、気づかれないように泣くことしかできなかった。
「羽央さん?どうかしましたか大丈夫?」
夕食が運ばれても布団を被っていた私を心配して、男の看護師さんが話かけてきた。
布団から顔を出すと、泣いていたことに気付いた看護師さんは何があったのかと聞いてきたけど、上手く説明できない。
『なんでもないです…』
「そう…不安とか悲しくなったらすぐに言ってくださいね。」
『ありがとうございます。』
頼れるところがある…それだけで少し安心できた。私は涙を拭いて、大きく深呼吸した。
就寝時間になって廊下の小さな照明がつくだけの部屋。他の人の寝息が聞こえてくるけど、私は眠れなかった。
総司の鞄には色んな物がぎっしり入ってる。勉強する時間を割いて私に会いに来てくれてると思うと、総司の未来の邪魔までしてる気がする。
入院してる私と関わって、総司にいいことは一つもない…私と一緒だと頑張れると言ってくれたことすら、信じられなくなっていた。
総司と千さんが抱き合う姿はなんだかお似合いで…前向きな総司と明るい千さん。総司が選ぶべきなのはきっと千さんだって…
懐中電灯の光が見えたと思ったらカーテンを開けたのは、夕食の時に声をかけてくれた看護師さん。
「羽央さん、眠れないの?」
『…はい…』
寝れる気がしなかった…看護師さんは腕時計を見ると“ちょっと待ってて”と部屋を後にした。
もう二時…時計の針の蛍光塗料だけが暗闇に光っていた。
看護師さんが戻ってくると、白い錠剤一粒と水を手渡された。
「先生が眠れるようにって…これを飲めば眠れるからね。」
先生が言うなら…そう思って飲み込もうとしたけど上手く飲めない。
『ごほっ…飲めない…』
舌の上に戻ってきた薬は溶けだして口中苦くて、泣きそうになった。
むせた私に息を止めて飲み込むようにと教えてくれた看護師さんは、私が飲むまで諦めなさそうだった。
仕方ない…水をごくごくと飲むと錠剤は喉を通り越していった。
ほっと息をつくと“これで眠れるからね”と看護師さんは部屋を後にした。
その言葉通り、横になるとすぐに瞼が重くなってきた…頭がぼうーとしてきて、何も考えられなくなった。