「Angel's wing」


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ここ二週間位、羽央の様子がおかしい。同室の人が転院や解放病棟に移ったからかと思ったけど…


僕が会いに行ってもどこか元気がないし上の空だ。


「…………う?」


ほらまた…僕がこんなに嬉しい話をしてるのに、反応しないなんておかしいでしょ…


「羽央ってば!」


『えっ…何?』


「僕の話、ちゃんと聞いてた?」


そんな困った顔で“ごめんね”って謝る君なんて見たくないよ…羽央には笑っていてほしんだ。


頭をポンポンと撫で、僕はもう一度さっき話した事を繰り返した。


「先生がね、来月になったら一時外出を認めてくれるって。だから、羽央が行きたい所にいこう?」


『えっ…本当に?…どこがいいかな…』


しまった…と思った時にはすでに遅かった。嬉しそうに輝いた君の瞳は語尾と共に沈んだ。


記憶のない羽央に行きたい場所なんて決めれるはずないのに…


「まだ先だし、僕が考えておくよ。」


『うん、私も考えてみるね。』


そう言って問題集を解きはじめた羽央だけど、会うたびに明るさが失われてる気がするのは気のせいじゃない。


読む本の量も減ってきているし…いつもの笑顔が見れないのが僕にとっては一番辛い。


面会時間が終わり廊下を歩いていると、看護師の姿が目に入った。人と話はしたくないけど羽央のことを聞きたい。


長い髪を二つに分けて結んだ看護師は僕と同じ位の年かな…ネームプレートを確認して話しかけた。


「あの、千さん。501号の羽央のことを聞きたいんですけど、最近元気がないみたいで…何かありましたか?」


「羽央さん?最近、ちょっと食欲が落ちてて…夜見回ると起きてることもあるけど。気をつけてみるわ。何かあったら伝えます。」


と、軽く会釈した千さんは病室に向かって歩いていった。個室の時は問題なかったのに…


大部屋にいない方がいいんじゃないか…そう思って先生に聞いてみたけど投薬もしていない羽央は個室に入る状態ではないと言われた。


仕方ない…今はまだここにいるしかない。僕はソマリの待つ部屋へと帰り、鞄から本を取り出した。


この間から、通信教育で翻訳の勉強を始めた。大学に通いながらじゃこれ位しかできないけど。


大学を辞めて勉強するのも考えたけど、翻訳を仕事にしようとした時に大卒というのが大きな意味を持ちそうだったから、とりあえず大学にも行っている。


家は落ち着くけど君達の記憶がチラつくと、自分の部屋なのに物足りない感じがするんだ。


もう、一人で生きてくなんてできないよ。君はもう僕の一部だって感じる。


ニャーとすり寄ってきたソマリの頭を撫でた。今じゃ、かなり仲がいい僕達…ソマリも羽央に会いたいよね?


一時外出の許可が出たら、会せてあげるからね。僕の横でソマリが丸くなったのを見届けて僕は勉強を始めた。


それから病院で千の姿をみかけると羽央の話を聞く。千は僕と同い年とわかって気軽に話すようになっていた。


「羽央ちゃん、やっぱり寂しかったみたい。話をするようになって、だいぶ落ち着いたわ。」


「千、ありがとう。今の同室の人とはあんまり話せないみたいだから…これからも、羽央のこと頼める?」


「もちろんよ。私でよければ。」


千は笑顔で仕事に戻っていく…気さくな子だ…


ここの看護師は男が多い。千みたいに友達感覚で接してくれる人が羽央には必要なんだ。


ある時、廊下の奥から奇声を上げながら走ってくるパジャマ姿の男が見えた。


フラフラと体が揺れているけどその速さは尋常じゃない。数メートル後には慌てる看護師の姿…


その男はあっという間に僕達の目の前に迫っていた。廊下の真ん中にいた千…ぶつかる…


「千っ!危ない!」


思わず千の腕を引き抱きしめるように庇ったと同時に、その男は僕に体当たりしてきた。


僕は千を抱きしめたまま壁にドスンとぶつかった。


「沖田さん!大丈夫?」


「平気だよ。千は…?」


「私は大丈夫。庇ってくれてありがとう。」


千のしっかりした声を聞いて僕は腕を離した。僕は背中をぶつけただけだし大したことない。



「あっ、鞄が…」


千の声で床をみると鞄の中味が散乱していた。面倒だな…ため息をつきながら屈むと千が一緒に拾ってくれた。


ざわつく廊下…人の話し声は僕の脳に負担がかかる…荷物を拾い終わった僕は千にお礼を言って玄関へ向かった。


鍵がかかったドアの前で男が、看護師二人に取り押さえられていた。ここはやっぱり病院…


毎日こんなことがあるとは思わないけど、やっぱり目にするとちょっと気が滅入る。


記憶がないだけの羽央の気分が落ち込むのは無理ないかもしれない。


一時帰宅の時は羽央を家に連れていってゆったりと過ごそう…僕はそう思ったんだ。


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