「Angel's wing」


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眠る羽央ちゃんを横抱きにしてベッドへ運ぶと、涙に濡れた髪が顔に張り付いていた。


お湯で濡らしたタオルで優しく顔を拭いて、頬に残る涙の跡が薄らぐ度、僕は改めて自分と向き合っていた。



羽央ちゃんを支えていく──



記憶を失うことを知らされ、それがどれだけ大きなことか僕はわかってなかった。



愛してれば大丈夫だって…だけど、僕は弱かった。気持ちが揺らいだ…


君に出逢うまで、将来のことなんて真剣に考えてなくて。未来に期待なんて持ってなかったし…だけど、羽央ちゃんとの未来を夢見てしまったんだ。


二人で歩む未来は僕にとってはどんなものよりも輝いていたからこそ、それが奪われる現実を受け止められたなかった。


でも、僕は決めたんだ…これから君と僕の新しい未来を目指そうって。


僕は君に羽央ちゃんのことは話さない。過去の君はこうだったとか、あれが好きだったとか…


そんなことを話しても君に僕との思い出は戻らない…生まれ変わった君とまた思い出を作って生きていくんだ。


君が僕を愛してくれるかはわからないけど、君が選びたくなるような僕になりたいと思う。


決められた相手だから愛するんじゃなくて、心が求める人に──


眠る君の額にそっとキスを落とした。これはスタートの合図…すやすやと寝息をたてる君の頬を撫で、僕はリビングに向かった。



散らばる物を一つずつ片付けていくとそこにあったのはキッズ携帯。データを開けば履歴も電話帳も綺麗に消えていた。


人の人生が携帯みたいに一瞬でリセットされてしまうなんて信じられないけど、これは間違いなく現実。また一からやり直しだ…


片付け終わって寝室に戻った。そこには仰向けに寝かせたはずの君がうつ伏せに眠っていた。


やっぱり…


僕もベッドに横になった。疲れの限界はとっくに超えていたけどずっと眠れなかった。


今、やっと眠れる気がするのは心が落ち着いているから。覚悟したっていうより、腹を括ったって方がしっくりくる。


投げやりでもない、諦めでもない前向きな気持ちが僕の中に溢れていた。


朝、目を覚ますと既に起きていた君は不思議そうにベッドに座っていた。


「おはよ…よく寝れた?」


『おはよう…あの…私…』


「信じられないかもしれないけど君は記憶を失ってしまったんだ。君の名前は羽央で僕は沖田総司。総司って呼んで?」


そう言って笑顔を向けると、何も分からなくて焦ってる感じはあったけど頷いてくれた。


「羽央おいで?部屋の説明をするよ。」


僕が手を差し出せば不安そうな顔とはうらはらに君の手はすっと伸びた。やっぱり体が憶えてるんだね。


僕は部屋の作りから物の置き場まで一つずつ説明していった。僕の説明に頷いていく君は、素直だし感情的になることもなかった。


「羽央、何か分からないことがあったら聞いて?何でも答えるから。」


『総司…私…どうして記憶を失くしたの…?何があったの?』


僕は君を【羽央】と呼び、君は僕を【総司】と呼ぶ──


僕達の新しい関係が始まったんだ…僕はゆっくりと君に説明した。


「羽央は家出してきた。僕はそれしか知らないんだ。君に出会った時にはもう記憶を失っていたから…でも、記憶が戻るかもしれないから暫く様子を見よう?」


僕がそう言うとコクンと頷いた羽央。決めたんだ…一番大切な人を守るために僕は嘘をつき通すと。


天使の話なんて誰も信じるはずがない。僕だって自分の身に起きなければ鼻で笑うような話だ。


【僕と君だけの秘密】


一緒にいる時はこれと言って問題はなかった。話をしても通じるし、一度教えたことは忘れない。


何よりの救いは、羽央が記憶喪失特有の頭痛や不眠がなかったこと。それがあったら、医者にいかなければならなかった。


一週間は部屋で過ごしたけど、いつまでも大学に行かない訳にもいかない。羽央が携帯を使えるようになってから、僕は大学に向かった。


久しぶりの大学…人の多さにうんざりだけど仕方ない。僕は講義の内容を書こうとノートを取り出した。


開いたノートは不自然に折れ曲がっていた。羽央ちゃんが部屋をめちゃめちゃにした時に放り投げられていたから。


だけど開いたページに僕の心は一気に揺さぶられた──


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