「Angel's wing」


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土方side


「土方さん!」


俺の名を呼ぶのは誰だ?心当たりもなく振り返ると、そこにいたのは沖田総司…


記憶は消したはず…どうして俺の名を知ってるのかと聞いたが、いきり立つあいつは俺の胸倉を掴んだ。


羽央のことを聞く総司の顔は、完全に俺と羽央の関係もわかっていた。


“落ち着け”と総司をなだめたが…記憶が消えてない原因が探し出せずに焦った。俺が仕事をしくじったとなれば、大問題だ。


単刀直入に“記憶あるのか?”と聞くと、全部憶えてるし俺の役目もわかってると言いやがった。


記憶があるとしても、俺の仕事までわかってるというのはあり得ねえ。はったりをかましてるのか?


胸倉をつかむ手は小刻みに震えていた。俺に嘘をついてるからか…羽央の今を知る怖さなのか…俺は総司の顔を見た。


今のこいつの目に濁りはなかった。嘘はついてねえ…俺が記憶を消したのは間違いない。とすれば、記憶を取り戻したことになる。


その方法はわからないが、もしかしたら羽央は助かるかもしれない。


“死んでねえ”と教えてやると、総司の顔は一瞬で明るいものになった。


その顔を見ると、こいつが羽央を大事に思ってるのは明らかだった。


「生きてるんですか!どこに!」


矢継ぎ早に聞いてくる総司だが…今の状況は前とは違う。羽央の記憶は失われていく一方。


自分を忘れた恋人など…この間まで愛を知らなかったこいつには、重すぎるんじゃねえかと思った。


【本当に会いたいか?】


警告にも似た問いに総司の声は期待に弾んでいた。こいつの気持ちが羽央にあれば当然か…


「会いたいに決まってるじゃないですか!どこにいるんですか!」


少し上ずった声でそういう総司の顔はまるで子供みてえだが…こいつの愛がなければ羽央は灰になるだけだ。


もし総司が今の羽央を受け入れられなければそれまで…どの道、羽央には時間がない。


総司はヘッドフォンを着けると俺の横を歩きはじめたが、今のうちに記憶のことは確認しとかねえと。


「おまえの記憶はどうやって取り戻したんだ?」


ヘッドフォンをずらしてそう聞くと、凄い勢いでつけ直した総司は顔を曇らせため息まじりに答えた。


「薬を飲んだんですよ…非合法のね。そうしたら全部、記憶が見えて…今も見え続けてます。」


そう言って俺から視線をそらした表情は、海で会った羽央の顔にどこか似ていた。


大海原を小さなボートで渡り切ろうとするみてえな、不安だが覚悟を決めてる顔…


こいつは飲んだら苦しむのがわかっていて薬に手をだしたのか。宛がわれた女も振ったってことか?


人間にとって一番の幸せのチャンスを捨てたのか…その覚悟は認めざる負えねえ。


それ以上は俺も薬のことについて聞かなかった。人が神に逆らって作った薬。


人間は忘れることができるから生きていける生き物なのにな。総司はその恩恵を自ら捨てた…


その結果、総司が手にする未来はまったく別のものになるだろう。


俺の仕事は羽央の最期を報告するだけ…だが“最期”がやってこない可能性が出てきた。


それに気付いた俺の心臓はいつになく早い動きをしていた。


羽央に生きて欲しい…認めたくはねえが、心の何処かでそう思ってる俺がいる。


それは体中が痛みに震えても誰を責めるでもなく、自分のしたことを真正面から受け止めようとする姿を見せつけられたからかもしれねえ。


あの華奢な体のどこにそんなにも強い意志があるのか…試験二週間目の時には、不安そうな目をしてたっていうのに。


羽央が知った【愛】がどんなものなのか…試験に落ちた俺にわかるはずないのかもしれない。


だが罪を背負ってまで追い求める愛がどうなるのか…その最後を見届けたいと思ったのも事実だった。


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