「Angel's wing」
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総司君が愛を知ってくれた喜びが大きくて、大天使様を裏切っているという罪の意識が薄れていく。
さらには総司君の記憶を見た私は、全てを知ることができて幸せだと思ってしまった。
人だったらあり得ないことだもの…罪を犯したから得た幸せ…全てのものは対になっている。
愛しか感じない私だけど、罪が許されたわけではない。償いをしなくてはいけない…必ず。
それでも今だけは…
ただ総司君に触れていたくて抱きついたり腕を握ったりした。愛する人の全てを感じたかった。
苦しかったはずの体は、いつしか羽根でふわりと空を飛んでいる時のような感覚に変わった。
体の奥から湧きあがる快感が波紋のように体中に広がると自然と声が漏れ、意識がぼんやりした。
どの位、交わっていたのかわからない…解き放たれたのは総司君の心だけではなかった。私の体も総司君を受け入れ喜びを得ていた。
私の体から総司君のものが抜かれると急に圧迫感から解放され、なんだかぽっかりと心に穴があいた気がした。
体が繋がるということで得る一体感が消えた。それと同時に自分が身を汚したという事実が私の心を支配した。
“先にシャワー浴びたら?”と優しく私の髪をなでる総司君。
肌は火照り汗でじっとりとしていたけど、ぐったりとした体は休息を求めていた。
“後で”というと総司君はするりとベッドを下り部屋を出た。
時計を見ると11時過ぎ。もうすぐ土方さんが来るかな…裸じゃまずい。のろのろと服を着るとリビングに行った。
歩くだけで足腰に違和感を感じる…ソファに座ってみたけど何だか息苦しい。
新鮮な空気を吸おうとベランダに出ると、吐く息が一瞬で白くなった。
乾燥してる冷たい風が服を通り抜け、私の体を急速に冷やした。現実に戻れといわんばかりに…
その冷たさに、ぶるっと震え私は体を抱きしめた。
空を見上げると雲がたちこめていて真っ暗な空。一筋の光すらない空は私の未来みたいで、心が闇に覆われていった。
総司君が愛を知ることができたんだからそれでいい…だけど、この胸を締め付ける苦しさは何故だろう…
考え込んでいた私は肩を掴まれ、はっとして振り向いた。総司君の顔を見ただけで、心に光が差し込んだような気がした。
わかった…
私はもういなくなる。総司君が幸せでも辛いことがあっても…その隣にいるのは愛すべき人──
それがこの胸の苦しさの正体だった。総司君の隣にいたい…
叶うはずのない願い──
心配そうに眉尻を下げる総司君を見て、泣きたい気持ちをぐっと堪えて微笑んだ。
そんな私を見てほっと息をついた総司君の手には封筒…
「一君にもらったんだ。映画の券…お正月明けまでやってるから二人でいこう?」
差し出されてた封筒を開けると恋愛映画なのか男女が向き合って幸せそうに笑っている券が二枚入っていた。
急に胸が掻き乱れ、涙が溢れた…
『…ぅ…ひっ…くっ…』
総司君に心配させてしまう、泣いちゃいけない…でも、零れ落ちるのは涙だけじゃなかった。
私の心は総司君の愛で満たされてるのに、与えられる愛は止まることなく注がれつづける。
溢れてしまう愛を全て受け止められない切なさ…
私との未来を楽しそうに話す総司君に別れも切り出せず胸は締め付けられる。
全部話してしまいたい…身を汚したんだから、何も守る必要なんてないのかもしれない。
刻々と終わりが近づく私達──
「羽央ちゃん…」
だけど、心配そうに私を呼ぶ総司君に結局、何も言えなかった。
総司君の前では、ただの女の子でいたかったのかもしれない。普通の恋人のように…
『…ぐすっ…ごめんね…家に帰った…考え…不安で…ぅっ…』
「大丈夫だよ、心配しないで。君の家に一緒に行くから。僕達が離れることはないよ。」
泣きやまない私を抱き寄せた総司君の腕の中は温かい。私の頭をなでながら子供を諭すような総司君の声は自信に満ちている。
総司君は愛を知り強くなった。それが私達の別れが迫っていることを実感させた。
映画のような幸せは私達にはない…この温もりさえもう…私の手からすり抜けていってしまう。
離れたくないよ…総司君の服を握りしめる私の涙を指でぬぐい、なだめるような優しさに満ちた声が聞こえ私は我に返った。
「羽央ちゃんシャワー浴びなよ。こんなに冷えてる。ねっ?」
顔を見上げれば不安の欠片もない凛々しい表情…総司君は明日になれば愛すべき人と出会える…
『…そうする…ヒック…』
総司君に促され部屋へ戻る時、私は見えない空に願い事をした。
消滅したら星になって総司君の幸せな姿を見ていたいと──