「Angel's wing」
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海に行くため電車に乗ると年末の車内は空いていた。羽央ちゃんのトラウマを除けば、仲直りしてからの僕達はうまくいっていると思う。
羽央ちゃんの視線を感じと嬉しくて君に笑いかければ、君も安心したように微笑み返してくれる。
言葉がなくても繋がれた手からちょっとした力の変化で僕達はお互いの存在を感じあっていた。
時々羽央ちゃんは僕の肩に頭を乗せてくる…フラッシュバックなのかもしれない。握る手に力が入る…
僕は黙って君を受け止める。僕が出来ることはそれだけだって思うから。
電車が止まった…動かない電車に乗客がざわつき始めると羽央ちゃんも肩から頭を離した。
人身事故…ついてない。
『総司君、人身事故って何?』
「死にたい人が線路に飛び込んだってこと。本当に迷惑だよ…」
僕の言い方が強かったからか羽央ちゃんは黙ったけど、本心だしその考えが間違いだとは思わない。
生きたいと思っても生きれない人。天災や事故で急に奪われる命…そんな中、生きれるはずの命を捨てようなんていう人に同情の余地なんてない。
死んだら楽になるかもしれない。僕だってそう思わなかったことがないわけじゃない…
だけど、僕のせいで死んだ両親のことを考えるとそれだけはできなかった。僕が死んだら、両親の生きた証はなくなる。
全てがなかったことになるって思ったんだ…
生きることは楽じゃない。だけど、飛び込み自殺みたいに自分の苦しさをアピールするように死ぬなんて…
無に帰ることを望んでいるけど、みんなにどれだけ自分が苦しいか知ってもらいたいって気持ちが見えて僕は嫌な気分になるんだ。
人に関わるっていうことの重さ…電車を止めたってことは、乗客全員の運命を変えるかもしれない。
もし、電車が動かなかったからタクシーを拾った人が交通事故死したら、自分の死が他人の死を引き起こしたことになる。
それでも、自分の苦しさをアピールするのかな…他人に与える迷惑なんて考えないで。
そんなこと考えるのは僕だけかもしれないけど…
ただ、僕の未来が変わってしまったんじゃないかって考えると、同情する気にはなれなかった。
実際、予定は変わった。このタイミングでポイント故障が起き次の駅で全員降りるはめになった。本当についてないよ…
携帯で地図を見れば直線で一km…目的地だった海が目の前の駅まではあと3つだったのに。
駅で待ってもいつ運転が再開されるかわからない。君に“歩こう?”って聞けば嬉しそうに“はい”って答えてくれた。
羽央ちゃんは電車でも目を瞑ったりしてた…無理をさせちゃいけない。駅の外に出ると寂れた街並みだった。
個人商店がいくつかあるだけ…細い道をゆっくりと歩くと、湿度を増した空気に潮の香りがした。
歩く程に近づく波音に羽央ちゃんの表情も明るい。だけど堤防が見えるあたりにくると急に目を見開いた。
その視線の先にはシャボン玉…
『総司君、あれ何?』
そういう羽央ちゃんは食い入るように親子を見ていた。その後には駄菓子屋…売ってるかな?
羽央ちゃんを外に待たせ中に入るとシャボン玉セットやボールなんかも置いてあった。
シャボン玉セットを一つ手に取り、ぐるりと見ると駄菓子が所狭しとならんでいた。
スーパーでしか駄菓子を見たことのない僕にとっては新鮮な光景だった。