「Angel's wing」


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記憶と現実を彷徨う私に総司君は何も言わない…


映像が流れると箸を持つ手が止まる…暫くしてから再び意識を集中させ、冷めてしまった料理を食べた。


「僕が片付けるから座ってなよ。」


そう言って食器を運んでいく総司君に“ありがとう”というのが精一杯…目を瞑った。


片付け終わった総司君がテレビをつけると一年の出来事を紹介する番組をやっていた。


地上では一年って単位で区切るんだ…ぼんやり眺めていたけど、私にはわからない話ばかり…


笑顔のない人達の映像は総司君の記憶の人達と似ていた。暗い雰囲気のテレビは見てるだけで疲れてしまう…


総司君の肩に寄りかかるとそっと優しく肩を抱きしめてくれた。


前は触れるだけでドキドキしてたのに…そんな気持ちに浸る余裕はなかった。


買物に行くと総司君は出かけた…一人になった私の膝にはソマリ。


しばらく流れる映像を見てたけど汗でべたつく体を感じた。


昨日、お風呂入ってない…入りたいけど長時間集中できないし…シャワーなら…


着替えを手に浴室に向かった。滑って転んだりしたら危ないから集中しないと…


熱いシャワーで全部洗い終わると爽快感が気持ちいい…お湯の温かさにほっとした。



それがいけなかった…



流れ出した映像は何度も見た両親の葬儀。開けられることのない棺桶の小窓…私に向けられる同情の眼差しと囁き。



目を見開いたお母さんの顔が浮かび、落ちつける場所もなくて建物の外に逃げるように出ると、空には鉛色の雲が立ちこめていた。



どうしていいかわからない…両親は死んでしまった。もう動くことはない…



虫が死ぬのはわかっていたけど、人が死ぬということははっきりとわかっていなかった。



一昨日までは生きてたのに…



今はもう──



私は上を向いて泣くもんかと唇を噛みしめた。


「総司は男の子でしょ?男の子は泣かないの!」


お母さんの言葉が私を泣くまいとさせていた。


そんな私の頬に落ちてきた空からの水滴…神様が“泣いていい”って言ってるみたいだ。


だけど神様がいるなら…なんで私は一人ぼっちなの…?私が何か悪いことでもした?



そうだ…私が車で騒いだから…



私のせい…



熱い目頭を感じるとお母さんに笑われる…そんな風に考えてしまう。



サァーっと降ってきた雨はどんどん私を濡らしていくけれど、涙を隠してくれるならそれでいい。



お母さんに嫌われたくない…



「総司君は誰が面倒みるんだ?うちでは見れない…」



葬儀が終わるとみんなその事ばかり…私はいらないんだ。



息苦しい…いままでの映像より感情の伝わり方が違う…



シャワーと雨がシンクロしたの?立っていられなくて膝から崩れ落ち床に座り込んだ。


私には温かいシャワーが当たっていた筈なのに雨みたいに冷たく感じた…


「羽央ちゃん!?」


寒い空気が浴室に流れこんだ…視界には足が見えて総司君がシャワーの蛇口を捻って水を止めた。


“大丈夫?”って私の目線までしゃがんだ総司君の顔が見えると張り詰めていたものが一気に溢れた。



こんな思いをして…苦しかったよね…



首元に抱きつけば驚いてたけど…一人じゃないってわかって欲しかった。私もそれを感じたかった…


「早く体拭かないと、風邪ひくよ!」


温まったはずの私の体は小さく震えていた。寒いから?それとも気持ちが揺さぶられたから?


慌てて私を立たせた総司君だけど私の足には力が入らなかった。


ふらつく私の腰を強く抱きしめる総司君の腕を感じたけど私にはもう意識を保つだけの力は残されていなかった。


ただ、総司君の胸は私を受け止めてくれる…それが本当に心強い…


だけど、その心は本当は硝子のように繊細で…強がってるだけなんだってわかったから…


私が総司君の気持ちをわかってるって知って欲しかった。


『一人は辛いよね…』


働かない頭ではこれが精一杯…


天上界にいた時はわからなかった。人々は愛で繋がっていて一人でいても一人じゃないって思ってたから…


でも繋がるべき人を失ったら本当に人は脆くて…孤独だってわかった…


「羽央ちゃん!しっかりして!」


総司君の声が、遠くで聞こえた…


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