「Angel's wing」


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流れ続ける映像には前に見えなかった部分…総司君の最近まで見えた。


家に招き入れる女の子は次々変わり、寝室に行くと戸惑うことなく私に裸体を晒す。


女の子の恍惚とした表情や絶え間なく喘ぎながら漏れる声に、事故の記憶とは違う気持ち悪さを感じた。


だけど快楽に身を委ねると心の苦しさを一瞬忘れることができる…



総司君はこの為だけに交わってたんだ…



それは苦しみから逃れるだけの行為で愛も喜びもない…終わってしまえば虚無感に苛まれる。



でも今の総司君は変わろうとしてる…これは過去だと必死に自分に言い聞かせた。



急に肩を揺すられ、はっと意識が戻った。


『……総司…君…?』


「羽央ちゃん…寝てたの?目開いてたけど…」



心配してる総司君を見ると安心させてあげなくてはと思ったけど、女の子とのことが気になって…優しい言葉をかけてあげられない。



総司君の気持ちもわかる…でも…



好きだからこそ私の中で、やりきれない思いが渦巻いてしまう…すぐにこの記憶を受け止めるのはどうやっても無理だと思う。



『…ん…夢…見てた…』



今の状況を説明できなくて曖昧な答えを返した。


「…そう…寝るならちゃんと布団に入んないと。」


布団をかけてくれた総司君は納得してないみたいだったけど、どんどん目の前の現実が霞み始めた。



集中してないと…映像が勝ってしまう…



『ありがとう…おやすみ。』



絶対、逃げないから…時間がかかるとは思うけど、がんばるね。目を閉じると映像は何度も巻き戻された…



総司君の記憶がある頃からだけ…お母さんが作ってくれたクリームコロッケを食べた…近藤さんのと同じくらいおいしい。



緑の小さな木みたいのが添えてある…



おいしいってだけじゃなくてなんだか嬉しい…のはなんでだろう。



あぁ…そうか…



お母さんが優しく私を見ててくれるから…



近藤さんが“これだけは総司が食べなかった”って言ってた意味がわかった。思い出があったから…



うれしい想いにも蓋をしたの?思い出すのがつらいから…でも、そんなの悲しすぎるよ…



こんなに温かい想い…私は幸せだと思うよ?



総司君に声をかけられたけど“眠いから”と言ってしまった。今、幼い総司君の気持ちを感じてるの…



ちょっと待って…



幸せな記憶は短い…あっという間に辛い記憶が襲ってくる。



そんな中、近藤さんの顔が見えてほっとした。“おいしかったかい?”って聞いてくる近藤さんは、何も私に求めない。



“おいしかったです”と言うと“そうか、よかった”とさらに眉尻を下げて嬉しそうに笑ってくれた。



ただお客においしく食べて欲しいという近藤さんの思いは押しつけがましくなくてすんなり受け入れられた。



どことなくその眼差しはお母さんに似てた…



幸せだった記憶は私の中で消化されてしまったみたいで苦しい思いの記憶しか流れなくなった…



辛い…



寂しい…



悲しい…



あまりにも苦しすぎて年を重ねるたび、人を避け付き合うのは限られた人だけ…



そしてまわりには過去を知る人はいなくなった…見返りを求められない安心感の中、誰も本当の自分を知らない不安が出てきた。



知られたら嫌われる、自分の存在を認めてくれる人なんて誰もいないって…



気持ちに蓋をしてもその苦しみは形を変えただけ…



終わりのない苦しみ…



総司君を助けたい…



「羽央ちゃん…僕のせいだ。君が苦しんでるのは僕がキスしたからでしょ?医者に行こう…」



総司君の声が聞こえて疲れきった頭を集中させた。総司君が悪いんじゃない…



私が望んだことだから…でも今それを伝えることはできない。



医者じゃだめと言うと土方さんを連れてくるという総司君…どうしたらいいの?



『ダメなの…それじゃ。私がなんとかしないと…総司君…傍にいて?お願い…』



総司君に苦しむ姿を見せない方がいいと思うけど、孤独な想いはあまりにも大きくて…



総司君が一人でがんばっても消せない想い…二人だったら乗り越えられるんじゃないかって思った。


「わかったよ。羽央ちゃんの傍にいるよ。」


がんばるねとは言えなくて“ありがとう”と目を瞑った。厳しい場面になると総司君が“羽央ちゃん?”って呼んでくれる。



目を開ければ総司君の顔が見える…苦しい思いをしてるのは私じゃないって。



総司君をこんな気持ちから解放してあげたいから、絶対諦めない。



総司君は不安そうな顔をしてた。それはまるで幼い子供みたいで…



誰もその手を握りしめてくれなかったよね…



『総司君…手繋いでくれ…る?』



手を差し出すと総司君は私の手を握ってくれた。その温かさは幼いころの記憶が流れ始めた私に勇気をくれた。



【一人じゃないって…】



ビクッと目を覚ますと朝…寝てたんだ。まわりを見ると映像が流れてない…


「羽央ちゃん、大丈夫?」


『うん。おはよう…総司君。』



全部、受け止められたんだ…そう思うと嬉しくて笑みがこぼれる。そんな私を見て総司君もほっとしたような表情だった。



「夜も食べてないし、お腹すいたでしょ?作ってきてあげる。」


“それまで寝てて”そう言ってドアに向かった総司君の足取りは軽い。ふっと気を抜いた…



何で……?



また映像が流れ始めた…全部受け止められた訳じゃなかったの…?



苦しさは昨日ほどじゃない。でも映像が止まらないってことは私の中で消化しきれてないってこと…


総司君に呼ばれ集中すると映像は止まる。リビングにいってご飯を食べはじめても大丈夫…



だけど再び流れ始めるとすぐには止められない…



でも集中出来る時間が長くなってる…このまま耐え続ければ完全に受け止めきれるかもしれない…


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