「Angel's wing」
□04
1ページ/8ページ
思わず僕は羽央ちゃんを抱きしめた…体が勝手に動いたんだ。
昔の僕に“自分の運命に立ち向かえる”そう言ってくれる人がいたなら…
今の僕はこんな風にはなってなかったのかな…そんなことを考えてしまった。
過去なんてもう捨てたはずなのに…過去にとらわれて生きるなんてまっぴら…そんな気持ちで僕は生きてきた。
生きていくことは辛いことばかりで僕は執着することをやめたんだ。
流れに逆らうことなんてできないし疲れるだけ…流れに身をまかせて生きることは僕が見つけた答えだった。
だけど僕の答えは間違ってるって言われた気がした。僕の言葉にいつも従順な羽央ちゃんはどこかのんびりしていて世間知らずなイメージだった。
だけどきっぱりと言いきる羽央ちゃんの強さと覚悟にも似た顔…
それは僕といる時とは違って誰にも汚されることのない凛とした強さを感じた。
だけどこの世界はそんなに綺麗じゃないよ。僕の見た大人の世界は…信じれるのは近藤さんくらいだった。
泥沼に花を咲かす一輪の蓮…それ位の割合だよ。
羽央ちゃんが眩しかった。きっと君は一人でも立ち向かおうとするんだろうね…君は無茶してばかり。
穢れてほしくないよ…そのままでいてほしい…羽央ちゃんをきつく抱きしめた。
君の背中はみぞれで濡れた感触。そんな冷たいコートを身につけていても君の心がすさんでしまうことはないんだろうね。
ほんの少しだけど僕の腕の中で体をあずけてくれたことがうれしかった。
まっすぐな羽央ちゃんと一緒にいるだけで心が強くなれる気がするなんて都合が良すぎるよね。でも…思ったんだ。
僕はこのままじゃいけないんじゃないかって。あの猫は一人ぼっちの僕…飼うなら僕しかいない気がした。
「羽央ちゃん、猫…連れて帰って。僕はちょっといるもの買ってくるから。」
『でも…大丈夫なんですか?』
そういう羽央ちゃんは“マンションじゃ飼えない”って言ったのを気にしてたみたいだけど“大丈夫”って頭をポンと叩くととびきりの笑顔を見せた。
ほっぺを赤くして笑う君は子供みたい。僕にびくびくする必要なんてないんだよ?
よくみれば顔だけじゃなく首元も手も赤みを帯びていて本当に寒そうで、僕のマフラーを羽央ちゃんにまいてあげた。
少し驚いた顔をしたけど“暖かい”って言う声は力が抜けていて、いつも君がどれだけ緊張していたのかと思ってしまう。
少しだけお互いの距離が近づいた気がしたけど僕の抱えているものを言うつもりはないし、羽央ちゃんも家出の理由はきっと教えてはくれないと思う。
それでも…僕には君が必要な気がするんだ…
羽央ちゃんはマフラーに包んだ猫と餌の缶詰を持つと“先に帰りますね”と嬉しそうに歩きはじめた。すこし早い歩調はきっと君の嬉しさの表れだよね?
粉雪はやんで誰もいなくなった公園はピンと張り詰めた澄んだ空気…寒さが苦手な僕がその中で心地いいと思うなんてね。
時計を見ると9時前…僕は走って駅前へ向かった。閉店間際のペットショップに入って猫のトイレやら砂とか餌を手にレジに向かった。
レジの横には棒の先にモコモコがついた猫じゃらし…すぐにこの棒を持って遊ぶ羽央ちゃんの姿が頭に浮かんだ。
「これも…お願いします。」
二本セットの猫じゃらしを追加した僕は大きな荷物を抱え家に向かった。