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□君に捧ぐ月草の歌
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母成峠の戦は死闘を極めた。会津藩は敗戦したが、俺はなんとか生きていた。羅刹でなければ死んでいたかもしれぬが…
戦いを見ていた名前と再会した時、俺はその顔に胸が締め付けられた。いつもは“お帰りなさい”と笑顔で迎えてくれていた。
だが…
名前の目からは涙が溢れ、俺は自分の考えの浅はかさに気付かされた。名前は俺の為にいつも笑顔を見せていたのだと…
本当は辛くて苦しくて…泣きたかったのに…
「名前…辛い思いばかりさせてしまったな。」
『そうじゃないんです…幸せなんです。一さんが生きていてくれて…』
「心配をかけたな。すまん。」
『いいんです…そんな事…』
思わず抱きしめるとその体は小さく震えていた。“もう大丈夫だ”そう声をかけると俺の胸でコクンと頷いたのがわかった。
戦が決着したのは夕方で俺達は闇にまぎれるように敗走した。その夜は雲間に月明りが差したり消えたりする夜だった。
木に隠れお互い寄り添うように休息を取った。そんな時、名前が話はじめた。
『月が出ると一さんが消えてしまいそうで怖いです。』
「どういうことだ?」
俺が戦っている時に歌を詠んだという名前。その歌を聞いて納得した。
「そういうことだったのか。」
『はい。一人誠の旗と共に敵へ斬り込む一さんは、流れに逆らって立つ波の如く…それは天に昇り月にいってしまいそうで…』
「俺は、名前の傍にいる。」
『そうですね。』
ほっとしたような声だったが、どこか不安そうな表情の名前に口づけるとお互いガサガサの唇だった。
◇◇ ◇◇ ◇◇
「年が明けたな…」
『そうですね…除夜の鐘も終わりましたから。』
「少し…外に出ないか?」
『はい。きっと月も綺麗でしょうね。』
そう言って外に出ると月明かりが雪に反射して青白い世界が広がっていた。
暗い空には所々に小さな雲。月は雲に隠れることなく眩しいくらいの光と共に存在を主張していた。
名前と見上げた月はあの時と形は違えど同じ月。
「月をみると、あの時のことを思いだすな。」
『そうですね…』
その表情にはもう不安はなく俺の心は満たされていく。名前は柔らかく微笑むと胸元から小さな袋を二つ出し、一つを俺に渡した。
『一さんにこれを…今日、お誕生日ですよね。』
「ああ…」
俺は言葉につまった。差し出された御守り袋…その色は褪せているが…
この赤を忘れることなどできるわけがない。俺の心の中の問いに気付いた名前。
『そうです。新選組の隊旗です…母成峠でみつけた時にはきれぎれでしたけど…』
「あの戦の中…探したのか?」
『はい。この旗には隊士の気持ちや志が…その思いを守りたかったんです。』
「そうか。」
物陰から戦いを見て泣いていたと思っていたが名前…おまえも一緒に戦っていたのだな。皆の志を守るために…
『新選組。一人じゃ組にならないですけど、私と一さん二人いれば新選組はなくなりませんよね。ここに隊旗がありますもの。』
そう言って名前は手にしていたお守り袋を空に掲げた。
「ああ…そうだな。」
『ここから、私達…新選組の始まりですね。』
俺は頷くと名前の肩を抱き二人で月を見上げた。
『あっ…雪…』
月明かりが俺達を照すなか降る雪は俺達を祝福するようだった。
暗闇の中、迷わず俺達の元へと降りてきた最初の六花が名前の艶やかな黒髪へ舞い降りた。
別れが訪れても…俺はこの六花のように迷うことなく名前の元へ辿りついてみせる。誰よりも先に…
「名前…おまえに歌を贈りたい。」
『ふふっ…嬉しいです。聞かせてください。』
俺の詠んだ歌に目を細める名前は幸せそうに微笑んだ。その笑顔は俺にとって何よりの贈り物だ…
視線があうと自然に近づく距離。口づけを交わすとその唇は柔らかく甘い。今という幸せな一瞬を心に刻み込んだ──
月の姿は変われど
月は変わらぬ
これからも
名前に見せてやってくれ
“二人の想い出”を…
完
→あとがき