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□君に捧ぐ月草の歌
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『一さん。今日が大晦日なんて早いですね。』
「そうだな。」
11月に斗南にきてからもう二カ月。近所の人も良くしてくれるし、一さんも私もここでの暮らしに慣れてきた。
囲炉裏で燃える炭が赤々としていているけど外は深い雪に覆われている。
どこからともなく隙間風が入り込む家は寒くないといえば嘘になる。特に指先は冷えるから手の平を火に近づけてしまう。
「名前、寒いのか?」
『大丈夫です。一さん。』
そう言うと何だか不服そうな一さん。黙って手を私に差しだした。何がしたいのかな…
武士としての一さんの考えは言われなくてもわかるのだけど、その他のことはよく分からない。
「こっちに来てくれ。」
言葉が少ない一さんだけど、私には言わないと伝わらないっていうのがわかったみたい。
『はい、一さん。』
笑顔でその手を取り一さんの横に座ろうとした。
『きゃっ…!』
「この方が…暖かいだろう。」
そういう一さんは私を膝にのせ後から抱きしめた。私の手を握る一さんの手は冷たい。
『そうですね、でも一さんの手をあっためてあげないと…』
一さんの手にもう一方の私の手を重ねると“名前の手は心地いいな”っていう優しい声。私は一さんの手が愛おしい…
斗南にきた頃の一さんの掌は今と違っていた。刀を握ってもまめもできないくらい硬い掌…それは死と隣り合わせに生きていた証だった。
でも今はその硬さは和らぎ、張り詰めていた気持ちから解放されているのがわかる。
刀は一さんの人生そのものだった。刀を手放した手が求めるのが私だということが本当に幸せで…
涙が零れてしまう…
「名前…」
震える肩に気付いた一さんが私を膝からおろした。向き合うように座ると冷たい指で私の涙を拭ってくれた。
『すいません…幸せで…』
「名前はあの時も、そう言って泣いていたな…」
一さんの顔を見るとあの時と同じどこかもの悲しいような眼差しだった。
◇◇ ◇◇ ◇◇
俺は新選組を離れ会津に残ることに決めた。戦況は悪い。だが武士としての誇りはここにある、命を掛けて戦い抜く。
母成峠での戦いが…最後になるだろう。名前を守ると総司に約束したが、俺の手では難しいだろう。
ここで良くしてくれた知人の家族に名前の事を頼んだ。これで俺は心おきなく戦える。
負ける気で戦うつもりはないが、この劣勢を覆すのは難しいのも事実。気休めに“大丈夫だ”とは言えぬ。
知人の家て待つように言ったが、母成峠についていくという名前。
『私は絶対、ついていきます。』
「この戦いの意味がわからない訳ではないだろう!これが…」
そこまで言って俺は言葉をのみ込んだ。“最後の戦いになる”言ってはいけないと思ったのだ。
だが名前には俺の考えなど言葉にしなくてもわかってしまうのだな。
『だから…こそです。』
名前の目には決意が見えた。俺はおまえの事を見くびっていたのかもしれないな。新選組の戦いを名前はずっと見てきた。
母成峠に行くなと言う俺の方がおかしいのかもしれない。俺の生き様…見届けてくれ。
「名前、無茶はするな…死なせたくない。」
『私は大丈夫です。』
そう言う名前の笑顔に武士のような強い志を感じた。