「Identity」
□Identity
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“ガチャ”
その音にびっくりした。気付けば玄関にずっといた私。色んな出来事が頭をかけめぐっていた。
土方さんや斎藤君のこと…いろんな感情の中でも私が求めるのは平助で…開いたドアから平助の顔が見えただけでほっとする私がいた。
「ただいま…名前どうしたの?」
寒い玄関にいる私を心配する声。その瞳が私を見つめてくれる事がうれしくて私は笑顔で“おかえり”って抱きついた。
“どうしたんだよ?”って驚いてたけど“何でもない”って平助の耳に囁いた…
心の声は【ありがとう】って言ってた。私を支えてくれたのは平助。ずっと私の心にいてくれた。
今日の事は平助に話さないって決めてた。私がきちんと二人に別れを言うことができた。それだけでいい。
平助を愛してるから二人で一緒に生きていきたい。でも全部を知る必要なんてないしできないと思う。
私が平助の大学の事を言われても専門学校にしか行ってない私には深い所までは理解してあげられないから…
好きだから全部知りたいと思うけど全部を理解するなんてできない事だとわかった。
それでも心の深い部分が繋がっていれば、わかりあえない部分があっても気持ちは離れないから…それだけでいいって思う…
いろんな事に答えを見つけた一日だった。一人じゃない事に感謝した…平助の隣にいれることに…
翌日会社に行って斎藤君に“おはよう”と声をかけると“おはよう”と返してくれた。もう恐怖心はなかった。
定時になり帰る前に挨拶しようと内藤部長の所にいった。
「苗字さん。お疲れ様」
そう言われて渡されたのは大きな花束で驚きながらも受け取った。
“おつかれさま”
まわりの人達も口々にそう言ってくれた。
『今までお世話になりました。ありがとうございました』
そう言って頭を下げ席に戻ると斎藤君が話しかけてきた。
「苗字。今まで世話になった。元気でな」
斎藤君はいつもの冷静な顔だった。でもその一言が嬉しくて鼻の奥がツンとなった。
急に辞める事になった私にみんなが言ったのは社交辞令。斎藤君は私に同僚としての言葉をくれた…
今までの…これからの私への…
そう思うと斎藤君と働いた日々は私にとって意味のあることだった。
仕事を助け合った私達には信頼関係があった…相手の未来を応援できることがうれしかった。
『ありがとう…斎藤君も元気でがんばってね』
私の言葉を聞くと少しだけ口元を緩め微笑んだ斎藤君。
その瞳の奥には色んな気持ちがあるんだろうけどあえてそれを出さないで同僚として接してくれた…
“幸せになってね”
心の中でそう呟いて私は会社を後にした。外に出ると町はクリスマス一色。
振り返ってビルを見上げると窓からは蛍光灯の明かりだけが光を放ち、仕事の場所だということを改めて感じさせた。
だけどそこに働くのは人であっていろんな感情が行き来する…働く場所での恋愛って難しいのかもしれない。
それでも土方さんに出会えて私は幸せだった。
ありがとうございました…
私には不釣り合いな大きな花束を抱えてビルに一礼した。
さようなら…
花瓶にいけた花を見た平助が驚いてた。
「すげえ花だな…」
『どんなに大きな花束でも意味ない…』
思わずそう呟いてしまったけど平助はきょとんとしてた。心のこもってないものはただの物…嬉しくないんだ…
その意味を平助は知らない方がいい…きっと平助はもらった物は贈り物だと思う人だから…
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それから私は就職先をさがしたけどなかなか見つからなかった。十二月じゃだめなのかな…
あっという間に真希が引っ越してくる前日になった。リビングには平助の荷物がまとめてあっていやでも今日で最後なんだって実感した。
今日と明日はバイトを休んだ平助と久しぶりに一緒に過ごした。といっても荷物の整理をしないといけないから家だけど。
時計の針が進むたび胸が苦しくなってきて…どんどん口数が減る私。でも平助はいつもと変わりなくて…
私だけなのかな…ご飯を一緒に食べてお風呂に入ってアイスを食べながらテレビを見て歯磨きして…
ベットに行くとキスしてくれた平助。だけど…全然辛そうじゃなくて…私と離れるのなんて…なんでもないのかなって思ったら悲しくなった。