「Identity」
□Argyranthemum frutescens
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そう思うと焦った。私には平助がいる。キスなんかしちゃいけない。早く斎藤君から離れないと…
体を離そうとするけど右手は斎藤君に掴まれていて空いてる左手を二人の体の間に入れたけど…びくともしなくて…
男の人の強さ…斎藤君が別人に思えた。怖くて体が震えてくるのがわかった…
「おい!てめえら何やってんだ!」
土方さん!?さっき言ってた耐えてくれって…キスのことだったの?
フリならこのまま我慢しなくてはいけなかったのかもしれない。だけどフリじゃないと感じてしまった私…体がそのキスを拒否していた。
土方さんの声に斎藤君の瞼が開いた…と同時に私の体も離れた…
その一瞬見えた斎藤君の目…殺気にも似た冷たさを持っていて私の心臓はドクンドクンと大きな音を立てはじめた。
「土方部長には関係ありません」
斎藤君の声は大きくて強い口調…仕事の時とは明らかに違う…
「てめえが呼びだしたんだろうが…」
「名前は俺のものだ。あんたには渡さない」
「何いってんだ斎藤。名前を追いかけまわしてんのはてめえだろ?」
どうなってしまっているのか…これでは土方さんを止めることなどできない…
だけど二人がすごい剣幕で言い争っていて、私は声をかける事すらできなかった。
土方さんが私たちの方に歩いてきた。その目はすごく必死な感じで斎藤君に掴みかかるかと思った…
でも掴まれたのは私の腕で土方さんの胸に引き寄せられた。
「大丈夫か?名前…」
さっきまでの声とは違い囁くような声にほっとしてコクンと頷いた。
「名前がこんなに震えてるのに、てめえの言葉なんか信じる訳ねえだろう?」
「……」
斎藤君は掌を硬くにぎりしめていた。その手が怒りで震えていて…
恐くて私は斎藤君から視線をそらした。それに気付いた土方さんがぎゅっと私の背中を抱きしめてくれた。
何やってるんだろう私…泣きそうになった…
土方さんを止めるはずだったのに…また土方さんの腕の中にいる。
平助に感じる気持ちとは違うけどその腕の中は守られてる感じがして安心できた。
「斎藤、出て行け…」
怒りを押し殺した低い土方さんの声…斎藤君の声は聞こえなかったけど遠ざかる足音が聞こえた。
斎藤君がいなくなったのに、さっきみた斎藤君の目が私を捉えて離さない…
“ズキン…”
うっ…痛い…
震えも止まっていない私の体は胸の痛みに耐えられずふらついた…
“名前!”
私を呼ぶ声と抱き締める腕の感触…私の意識は遠のいた…