「Identity」
□Argyranthemum frutescens
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もう12月…土方さんに話さないといけない。
「苗字、ちょっとついて来てくれないか?」
お昼休みに斎藤君に言われて後に続いた。そこは大会議室がある9階。土方さんの事を思い出してしまった。
使われてない会議室。重い扉は開いていた。その中に入る斎藤君。私も中に入った。
入るとすぐの一番後の長机の所で足を止めた斎藤君。
「苗字、この間の話を憶えているか?」
…私が男にだらしないフリをするってやつだよね。でもそんな事を言葉にしたくなくてだまって頷いた。
「じゃあ、これからの事は土方部長の為だと思って耐えてくれ」
『…?』
斎藤君の声は真剣だった。でもはっきりした事は何も言わない…
これからの事って…?
チンとエレベーターの着いた音がした。私の背中には開いた会議室のドア。斎藤君と二人でいる所を社員に見られたら…誤解される。
そう思い反射的に体をドアから見えない所に動こうとした…
だけど…腕を引き寄せられバランスをくずした私の体は斎藤君の腕の中にあった。
顔をあげると私の後頭部は斎藤君の手に押さえられ、びっくりして見開いた私の目には斎藤君の顔が近付いてきた。
「好きだ」
唇が触れるまでの短い間に聞こえた言葉…
たった三文字に込められた想い…
いつも冷静な斎藤君の言葉とは思えない…
気持ちがこもっていて告げられた想いは私の心を揺さぶった。
これがふりなの…?
気付いたときには重なっていた唇。キスも触れるだけじゃない…
触れったと思ったら私の唇を斎藤君の舌がゆっくりとなぞった…
驚いて何も考えられなくなりそうな頭が一つだけ答えを出した。
ふりじゃない…
そう確信した…