「Identity」
□Achillea alpina L.
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何もなかったように浴室にきたけど平助は気付かなかったかな…
そんな不安もシャワーで全部洗い流してしまいたかった。
好きな人としかキスしたことがなくて…心がざわつくのを抑えられない。何か理由をつければいいのかな…
土方さんを止める為…仕方なかった…そう思いこもうとするけど心は納得してくれない…
私が斎藤君を好きじゃなくてもキスをしたのは事実で…
キスした罪悪感。それが胸をズキズキさせる…その痛みがまたキスを思いださせる…たかがキス。そう思えない私は頭が固いのかな…
好きな人とのキスは心があったかくなる。でもあのはキスは…怖かった…お互いの気持ちの違いを脳が感じとってた。あの一瞬みた冷たい目…
“気をつけろ”っていう土方さんの言葉がさらに不安を煽る。何かするつもりなのかな…
全然想像もできない“何か”に怯える私…考えつかないところまできてしまってる…
怖いよ…平助…
私どうしたらいいのかな…
全部話してしまいたい…
“大丈夫だよ”
平助にそう言ってもらいたい。
平助に負担をかけないように言わない事がどんどん増えすぎて、それが私と平助の間に【溝】をつくってる気がしてしまう…
今まで自分の家族の事や失恋まで話したのは平助が初めてだった。
そこまで話した平助にならと全部打ち明けたら喧嘩した…
どこまでは言っていい事でどこからは駄目なのか…
わからない…
最終的に私が行きつく答えは同じ所で私の気持ちは沈んだ。
【自分でなんとかしないと】
シャワーだけだというのに熱めのお湯を長い時間浴びた私の体は熱くなるけど、心は冬の海のように冷たく波打っていた。
シャワーから上がってドライヤーをかけた。鏡に映る私は一人暮らしをしてた時みたいに暗い目をしてた…
『一人ぼっちみたい…』
自分の口から洩れた言葉に寂しくなった。自分で言わないと決めていろいろがんばってみたけど、結局は抱えきれなくなってる…
一人暮らしをしてた時は当たり前だった今の顔…でも平助と一緒にこの鏡に写る私は幸せそうだった。
平助から貰ったものは私一人では手にできなかったあたたかくてすごく大切なもの…
その幸せを守ろうとしたけど、どんどん違う方へと進んでいく…
こんな顔見せられない。平助が心配する…
リビングに行くとさっきと同じ状態で座っていた平助に声を掛けた。
私の気持ちを知られないよう…いつもみたいに…
『平助もシャワー浴びたら?』
“わかった”そう返ってくると思っていた私。
「名前…話あるんだ…座って…」
ドクンと心臓が大きく鳴ったけど平助に悟られないように“うん”というと私は平助の隣に行った。
座る時に見えた平助の表情が暗くて…どんどん大きくなる鼓動…
「名前。具合が悪いって…風邪じゃないよな?」
私の顔を心配そうに覗きこむ平助…斎藤君との事を平助は知らない。
だけど何か気付いたのかと思った私はその問いかけに一瞬気が緩んだ…
『会社で倒れて病院に行ったの…でもストレスが原因の不整脈だって。薬もでない位だから大丈夫だよ!』
今はもう平気だし…そう思って元気にそう言ったけどそれを聞くと平助の表情が曇った。
「ストレスが原因って…何があったんだよ?」
あっ…
気づかれてないと思っていた秘密。自分でそれがある事を平助に言ったようなものだった…
でも…
斎藤君との事…言えない…
でも平助の目が疑ってる…
「…そ…れは…」
動揺して言い訳を考える余裕もない…ただ平助の視線が痛くて…
視線をそらすしかなかった。