『Identity』

□Solanum mammosum
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私が車から降りると車に鍵を掛けた土方さん。




車のハザードがカチカチと光った…もう穏やかな空間には戻れない。




ゆっくりと歩き出した土方さんを呼び止めた。




『土方さん…「大事な話がある。ついてきてくれ」




“話ならここで…”そう言おうとしたけど…




私に背を向けたまま聞こえた土方さんの低い声に何も言えなくなった。




部屋にいったらあの日と同じになってしまうんじゃないか…そんな不安がよぎる。




だけど土方さんはエレベーターの方へと向かっていってしまった。




不安はあったけど今日話をしないと…




もう先伸ばしにはできない…




私さえしっかりしていれば…流されなければいい…そう自分にいい聞かせた。




私は土方さんの後を追った…でも顔をあげることはできず俯いていた…




不安で心臓がドクドクと音を立て私の体が揺れている様な感覚に襲われた…




覚悟したわりに落ち着かない気持ち…気づけば部屋の前だった。




開けられたドア…中にはいると何も変わってない部屋がそこにあった。




一瞬…激しく愛しあった時の想いが溢れそうになり唇を噛んだ。




この部屋で別れを告げることの辛さを部屋に入ってから思い知った…




私はなんて馬鹿なんだろう…




自分で自分を苦しくなる方へと向かわせてしまう…




「座ってくれ」




そう言うと土方さんはエアコンをつけた。




広いリビングが暖まるまで私はいない…コートを着たままソファに座った。




土方さんが私の隣に座った。車よりも近いその距離に私は焦った。




腕がぴったりくっついていて小さな動揺も全て伝わってしまいそうだった…




そんな事で焦っている時点で私の気持ちは冷静さを失っていた。




早く話をしないと…気持ちばかりが空回りしていた…




どう言えば仕事に戻る気になるのか…肝心の事が思いうかばない…




「名前、聞いてもらいてえ話がある」




初めて電話で聞いた時のような低く響く声…




それを聞いたら私は後戻り出来ないかもしれない…




そんな不安はあったけど土方さんの私への気持ちを知りたい…




人からじゃなく直接聞きたいと思った…




余計に苦しくなるかもしれない…結局は一緒にいれないのだから…




でも私を想う気持ちを聞けたら離れても土方さんを想う私の支えになるんじゃないか…




その二つの考えが頭の中で交錯していた…




私はゆっくりと土方さんに顔を向けた…




“聞いてくれ”そう言われただ土方さんの言葉を待ってしまった…




私の全てを支配してしまう…




そんな人は世界で一人…




土方さんだけ…


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