『Identity』
□21.2nd October
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千鶴side
私は左手にあるダイヤの指輪を眺めていた。これさえあれば全部うまくいくと思ったのにな…
指輪を手に入れた時のことを思い出していた。
会議から帰ってきた土方さんは難しい顔をしていた。一旦席にもどるとすぐさま鞄を持って出かけた。
その顔は初めて会った時のように鋭かった。仕事に本気になったんだ…
あんまり追い込むとダメかも…暫くはこのままにしておいてあげようかな?
土方さんが営業を出て数分後…私は土方さんに電話した。
「土方だ」
その声は低くて仕事の鬼って感じだった。
「土方部長。電話がありまして12時過ぎに折り返し電話が欲しいとの事です。電話番号いいますね…090-…」
「で、誰からだ?」
「…すみません。聞きそびれました」
「…そうか。わかった」
やっぱり私を怒ったりしないんだよね。優しいんだかどうでもいいんだか…
12時を過ぎた。私は携帯を持って人気のない階段にいた。12時3分…私の携帯が鳴った。
もちろん土方さんだ…
「土方さん?千鶴です」
「てめえ、どういうつもりだ?仕事のじゃますんじゃねえ」
さすがに今の状況で仕事の邪魔は良くないよね…私はすぐに話を始めた。
「土方さんは今仕事が忙しいですよね?だからこの間の答えは少し待ちます」
「わかった…」
少しほっとしたような声が聞こえた。
「そのかわり私欲しいものあるんですけど買ってくれます?」
「何が欲しいんだ?」
「そうですね…指輪とか?」
「俺は忙しい。欲しけりゃてめえで買って領収書もってこい。」
まあ土方さんとジュエリーショップに一緒に行くのは無理だと思ってたけど…
しょうがないか…でも好きなの買えるし。
「わかりました。じゃそういう事で」
返事はなく私の携帯からはツーツーという無機質な音だけが聞こえていた。
一人で買いに行き翌日領収書を渡した。その日の夕方、現金の入った封筒を渡された。
すべてが事務的。“どんなの買ったんだ?”の一言もない…
でも買ってもらったには違いないからまぁいいか…
左手の薬指に指輪。それはお母様の手みたいに見えた…