『Identity』

□15.2nd August
2ページ/10ページ


平助君は大学が夏休みに入りバイトを始めた。レストランのウェイター。



大学の近くで平日は夕方から夜遅くまで。土日は一日バイトだった。



剣道の練習の時間以外はバイトという感じ。



大学が休みの時しかできないし色々欲しいものもあるんだろうな…



だから私は一人でいる事が多くなった。



一緒にいるのは平日の夜。週に一、二回だけだ。



レストランで賄(マカナ)いを食べてくる平助君。私一人の夕食はおいしくなかった。



“これ、うまいよ名前さん”っていってくれた平助君の声が懐かしい。



その一言がどれほど私を元気づけてくれていたか。


一人でいるリビングは広くて静かすぎた。居心地が悪くてすぐに自分の部屋に向かう。



一人でいるのって嫌だな…初めてそう思った。



ふと、平助君が働いているお店にいってみようと思った。



平助君が働いてる所なんて見た事ないし…。



駅から近かったはず…お店の名前も知ってた。ここから三駅。自転車でいける距離だ。



線路沿いに行けばすぐにそのお店は見つかった。道に面した窓は大きかった。


座ったお客さんの顔の辺りはウインドフィルムが貼ってあって見えないけど上部から中の様子が見えた。



今日は金曜日。お店は満席に近かった。2.3人見えた店員さんはみんな学生に見えた。



くったくのない笑顔が若いなぁ…なんて思ってしまう私はもう若さがないのかな?



暫く見ていると平助君の姿もあった。お店の制服を着ている平助君ははきはき動いていた。



家でのんびりしている時とは別人みたい…



笑顔で接客したり他の店員さんと言葉を交わしたり…いつもの平助君より元気に見えた。



その笑顔はやっぱり他の店員さんみたいにキラキラしてて…



なんだか違いを感じてしまった…



平助君には平助君の世界がある…そんな事はわかっていた。



私の知らない友達、大学生活、バイト…



ただ平助君と一緒にいる時間が大切だと思った私。


平助君には他に楽しい事が一杯あるんだと実感した。



それがなんだか寂しくて…これが大学生と社会人の差なのかなと思ってしまった。



平助君は気持ちの上では大人で年の事なんて気にならなかった。



だけど実際は年下で全然違う世界にいる事を痛感させられた。



キラキラした笑顔が一杯の店内。どうしても足が向かなくて私は家へ戻ろうとした。


次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ