『Identity』

□9.February
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俺の家は貧乏だった。両親はいたが朝から晩まで働きづめ。小さい俺には何でかわからなかった。



小学生にもなるとまわりとの違いに気付いた。買ってもらえないおもちゃ。好きなものを食えねえ現実。



同級生に嫌味を言われる日々。その訳を両親に聞こうとする俺を姉貴が止めた。



いつもは俺を子分のようにしていた姉貴が言った一言。




「お父さんやお母さんが悪いんじゃない。学校の奴らなんて勉強して見かえせばいい」



その目はいつになく真剣で有無をいわさねえ強さを感じた。



子供ながら親にいっちゃいけねえ事があるって知った。



姉貴のいうとおり勉強した。問題集なんて買えねえから図書館とかで勉強するだけだが。



すると担任が俺に気付き年度が変わった問題集なんかをくれた。



ただそれだけの事だったが嬉しかった。



俺の成績は学年で一番になった。運動神経もいい俺が表だって嫌味を言われる事はなくなった。



中学に入ると貧乏な理由がわかった。お袋が借金の保証人になって金を借りてた奴が逃げた。



人の信頼を踏みにじった奴が許せなかった。それでも両親は俺達に優しかった。


中学の部活は全員加入だったから俺は剣道部へと入部した。



礼儀を重んじ武士みてえに正々堂々一対一で戦う事に熱中した。



勉強では敵なしの俺。剣道では強い相手が沢山いた。



そいつらから取る一本は快感だった。



勉強の手を抜く事はなかったが剣道の腕も上がっていった。



高校や大学は私立。特待生扱いで学費免除だった。まわりは金持ちのやつばかり。



近藤さんとは大学で知り合った。剣道部に入った時の先輩だった。



くったくのない笑顔に金持ちぶらねえ態度、人を引き付ける何かを持っている人だった。



その頃俺は一人暮らしだった。風呂なし共同トイレのボロアパート。ひでえもんだ。



“絶対、いい部屋に住んでやる”



そんな事ばかり考えてた。近藤さんはそんな俺の家に来て色んな話をした。俺の家の事情も話した。



腹を割って話せる相手は初めてだった。


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