『Identity』

□1.August
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就職したのは不動産関係の会社。専門学校で経理の勉強をした。どこでも必要とされる仕事だし人づきあいが苦手な私には向いている。




しかし配属されたのは営業。もちろん事務としてだったけど…。経理として経験を積めばキャリアになると思っていた私にはショックだった。




二年目から経理に移動希望を出したけど空きがなく却下。三年目も許可は下りず今だ私は営業にいる。




営業は男の人が殆どだった。他の営業事務の女の子はなんとなく恋人を見つけるためみたいな雰囲気だった。




実際一年もしないうちに二人が結婚退職していった。穴を埋めるように人が配属されるけどあまり意味がなかった。次から次へと結婚していくのだから…




今の私は既に一番の古株。影で“結婚できない女”呼ばわりされている。まだ23歳なのに…まあ男受けする愛想のよさはないから仕方ないか。




他人にああだこうだ言われるのなんか気にならなかった。だって私は家族にすら疎まれていたのだ。そっちの方が辛かった。




こんな私だけどひとつだけ得意な事があった。それはすごくきれいな声を出せる事。




電話などでは別人のような声を出せる。この特技のせいで営業に配属されたのかも知れない。内定をもらう為の自己アピールが裏目に出てしまった。




地声はむしろ低い位だが電話という相手が見えない状況だときれいな声が出せる。相手を目の前にすると無理だけど。




母さんは綺麗な声をしていた。きっと似たんだと思う。少しでも母さんに似ている所があるのは嬉しい。父に似ている所が少なくなるって事だから…



母さんのように結婚までして最後に裏切られるのだけは嫌だ。母さんが父の浮気に気付かず逝ったと思いたい。それは私が知る事は出来ないけど。


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