『Angel's wing』

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ガコン…


車が大きく揺れた拍子で目を覚ますと、見えるのはヘッドライトが照らす舗装されてない道。


助手席の窓をみるとモミの木が続いていて、違う道なのに胸の奥がざわめく。


たぶん、あの湖…


車体が揺れる原因は、道に所々わだちができていて深さが場所によって違うから。


車一台が通れるくらいの幅しかない道をスピードを落とし運転している匡さんの横顔は真剣。


『もう、着くんですか?』


「ああ、間に合いそうだぜ。」


無言でいると胸の奥にあるものが大きくなりそうで話しかけたけど、答えが返ってきただけで話は続かない。


何に間に合うのか…それは聞いちゃいけない気がするし…


さらにスピードを落とした車が止まるとヘッドライトの先には道がなくて、真っ暗な闇が広がってる。


「コーヒー持って降りるぞ。」


言われるままに車を降りると空には小さな星が瞬いて綺麗なのに、背の高い木々が闇の壁を作りだし何だか不安だった。


『ここって、湖ですよね?』


タンブラーをきゅっと握りしめた私の声は心なしかいつもより大きい。


人の気配がしない森がこんなに怖いものだなんて思わなくて、車のエンジンの音しか聞こえないのが嫌だった。


「ああ。この辺りじゃ一番でかくて有名なやつ。しかし寒いなァ…」


後部座席から懐中電灯を取り出した匡さんがエンジンを切りドアを閉めると、その音が耳に残り変な圧迫感がある。


ライトが真下に向けられるとすぐに動き出した足が見え、慌てて私も一歩踏み出した。


足元にできる光の輪の中から離れないように下を見て歩いてると、ピタリと止まった大きな足に私も足を止めた。


湿気を帯びた冷たい空気が髪の毛を揺らし、目の前には暗闇があるだけ。


急に違う場所にきたような感覚に緊張がはしる。


懐中電灯が暗闇に向けられると、光が反射して湖のほとりまで来たんだってわかったけど、明かりが動いたと思ったら急に真っ暗になった。


『きゃっ!暗くて恐いです!早くつけてください!』


匡さんがいた方向に叫んだけど明かりはつかない。


飛び出しそうなくらい大きくなった鼓動は不安を訴え、無意識に匡さんのジャケットを掴んだ。


「前向いてろ。すぐに明るくなる。」


私をなだめるような優しい声を信じてじっとしていると、暗闇は少しずつ色を持ち始めた──


暗い空が藍へと色を変え、風が止んだ湖は鏡のように空を映した。


夜が明けていく──…


太陽が昇っていないのに空はその存在を感じただけで、瞬きする間に違う色になる。


湖を囲う木々を縁取るように藍の色が薄くなっていき白くなった瞬間、金色の光が私の目に届いた。


『………!』


その眩しさに細めた目を開けると、空色が変わっただけじゃなく気温も一気に上がった。


こうやって夜と朝の境界線をはっきりと見たのは初めて──…


光が当たって小刻みに揺れる湖面はキラキラと楽しそうに輝き、肌では感じない風がそこにあるのがわかる。


新しい一日が始まった。二人とも黙ったまま目の前にある自然の姿に釘付けだった。


太陽が木々の上にはっきりと姿を現すと湖面を照らす光は一本の帯になり私達の前に道のように広がる。


今までの自分が光りに優しく迎えられ、このまま進めばいいって──…


そんなことを考えてると鍵をかけたはずの心の扉がゆっくりと開く。


総司と来た時のことがふっと心に浮かんだ。あの時は……本当に自分を見失っていた──


世界は光で溢れているのに心の中にある闇にのまれ、自分のことでいっぱいいっぱい。


総司のことなんて考える事も思いやることもできなくて…弱かった。


“束縛がなくなった私”になった今は何だってできるけど、それができたからって総司と一緒にいた時以上の幸せを感じているかといえば“はい”とは言えない。


楽しいことと幸せって別なんだね…今さらそんなことに気付いてどうするんだろう。


すっぽりと足元に開いた大きな穴に落ちそうになったけど、今の私はまわりにある光を感じられる。


目の前に広がる光景を見つめながら新鮮な空気を胸一杯に吸い込んだ。


同じ場所に来ても、時が進むのは一方向だし止まることも戻ることも許されない。


それでも今の私は煌めく世界をカメラ越しじゃなく、自分の目で見て感じたことを頭で整理できる。


人から見たら当たり前のことなのかもしれないけど、そんな変化を感じとれることが成長したってことだと思う。


ここでしか向き合えなかったかもしれない…


考え事をしてるうちに日は昇り、全てのものがいつもの色を持った朝の風景になっていた。


綺麗なものを見たという以上に大きな意味があったと思う。連れてきてもらったお礼を言わなきゃ…


匡さんの方を振り向くと急にくコーヒーをぐいっと飲み“帰ろうぜ”って。


その雰囲気がなんだかぎこちなくてお礼を言うタイミングを見失った。


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