「Identity」
□Bletilla striata Reichb.f.
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仕事を始めたけど平助の事が気になってしまう。隣を見れば冷静な斎藤君。
“話がある”っていったのは、キスの事か土方さんの事…だけどもう斎藤君に関わらないとなると、土方さんの事も一人でどうにかしないといけない。
【一緒に会社を辞めないか】そう言った土方さん。全部が違う方向に動きだしていた…
目の前には仕事…とりあえず仕事をこなした。お昼休みになるとすぐに平助に電話した。
「寝てた…」その声はだるそうで“ゆっくり寝て…ごめんね起こして…”と携帯をきった。
パン屋さんでパンを買って公園に行った。大きな公園だけど、今の時期お昼を公園で食べる人なんてほとんどいない。
あんまり食欲もなくて半分くらい食べて、ベンチに座っていると鳩が寄ってきた。
パンをちぎってあげると、バタバタという音と共に鳩の大群がやってきた。
一心不乱に鳩達はパンを食べてた。迷いもなくただ目の前のものを口にしていく鳩…目の前のパンが一番なんだ…
私にとって一番ってなんなんだろう…
生活していく上で仕事は大事。
平助は一緒にいたい大切な存在。
仕事と恋愛を天秤に掛けた事なんてなかった。一人で生きていくと思っていた私には仕事が優先だったから。
私の仕事に対する考え方が変わってきている…経理の仕事ができればいい…そう思えない。
やりたい仕事をしても、一人ではいい仕事はできない信頼できる仲間があってこそ仕事は成り立つ気がする。
薄桜不動産といえば一流企業。ここよりいい条件の会社なんてないかもしれない。
でも今のまま仕事を続けても納得いかない。充実感も得られない。条件を取るかやりがいを取るのか…
それが決まらなければ、斎藤君に対しても土方さんに対してもきちんと向き合えない気がした。
パンがなくなると鳩は飛んでいってしまった。自分の望むものがわかってる鳩の方が賢いのかも…
――――――――――――
仕事が終わると急いで帰った。大丈夫かな…平助…寝てたから良くなったよね。
部屋に入っても私に気付かない…平助の額に手を置いた。
熱い…体温計を寝ている平助の脇に挟んだ。
ピピッピピッ…“38.7℃”
枕元に置いてあったものはお水以外そのままだった。何も食べてないんだ…とりあえずお粥を作って持っていった。
『平助…お粥たべれそう?』
「…あんま食欲ねえんだ…」
『ちょっとだけ食べて?薬飲めないから…』
平助の体を起こして背中にクッションを入れた。たった一日なのに、げっそりしてた…
『はい、あーんして?』
お粥をスプーンですくい、冷ました所を口に持っていくと、仕方なく食べた平助。いつもみたいな食欲じゃないけど、ゆっくり食べた。
「…あったまった…ありがとな…名前」
平助は優しくそういってくれたけど私は後悔してた。
もし、仕事にいかないで平助を医者に連れていってれば良くなってたかもしれない。
下がった熱がまた上がったのは私が看病しなかったからじゃないかって…
『薬飲んで、ゆっくり寝て?』
明日になっても熱が下がらなかったら、会社休もう。着換えを手伝って私は部屋を後にした。