Novel
□マフラー
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マフラー
「寒い」
学校からの帰り道。
僕の隣を歩く浅雛は、首に巻いてあるマフラーで口元を覆いながらボソリと一言呟いた。
確かに今日は寒い。 しかも今は時刻も夕方というだけあって日も落ちかけ、ますます寒さが増していく。
時折身を切るような風が駆け抜け、その度に体が縮み上がった。
「椿くん、マフラーは」
先程から何度も身を縮める僕の姿を見たからか、浅雛は心配そうに僕を見上げた。
「ぼぼ、僕に、そんなものは必要ない。 そそそ、それに首周りを温めただけで、変わるとは思えないしな」
震えのせいで上手く言葉が発せられないのがかっこ悪かったが、思っている事は本心だった。
たかが布きれ一枚首に巻いたところで、この寒さが和らぐとは思えない。
それにこれくらいの寒さなど、耐えられなくて何が男か。
そんな事を考えながら、僕はポケットに手を突っ込みつつ鼻を啜る。
「……そうか」
彼女は僕の言葉を聞いて納得したらしく、一言だけ呟くとそのまま何も言わなかった。
寒空の下をしばらく歩きながら、早く春になって欲しいものだなぁと心の中で一人呟いていると、急に隣の彼女が足を止めた。
「浅雛?」
不思議に思って振り返ったのもつかの間、突然彼女の顔が目の前にやってきたので、思わず身を引いてしまう。
しかしそれを許さんとばかりに、彼女は僕の腕を引っ張ったのだった。
「ななっなんだ!?」
意図が全く分からず、体が硬直する。
心臓は激しく脈打ち、頭の中はもはや大パニックである。
なんだ、いつの間に浅雛はこんな大胆になったんだ!
驚きと焦りで何も言えずに、ただただ彼女を見つめていると、
「じっとしといて」
その言葉と同時、僕の首にふわりと温かい布の感触があった。
「えっ」
そして布からは、仄かに香る浅雛の優しい匂い。
それでようやく、彼女のマフラーが僕の首に巻かれたのだと気付いた。
「このマフラー長いから……二人で巻ける」
目を伏せながらそう言う彼女の顔は、真っ赤である。 それはきっと、寒さのせいだけでは無いはずだ。
僕もつられて顔が火照ってしまう。
「あ、あぁ……。 ありが、とう」
「うん」
鼓動が速くなり全身が熱くなる。
いつの間にか、先程の寒さが嘘のように消え去ってしまっていた。
それにしてもまさか、彼女がこんな大胆な行動をするなんて思ってもみなかった。
見栄を張っていた自分が馬鹿みたいだ。
僕はおとなしく彼女の柔らかいマフラーに巻かれながら、彼女の優しさに心がじん……と温かくなっていくのを感じていた。
互いに触れ合う肩に緊張しながらも、帰り道を歩く。
こんなところ、誰かに見られでもしたら大事になってしまうだろうな。
しかし、マフラーがこんなにも温かいものだとは知らなかった。
その温かさから離れるのが、なんだか名残惜しくて。
「浅雛」
「なんだ」
「僕も、今度マフラーを買ってみようと思う」
「うん」
「その……よかったら一緒に選んでくれないか」
「……わかった」
恥ずかしくてとても彼女の顔を見る事はできなかったが、浅雛は小さく頷いてくれた。
それは、さりげないデートの約束。
今の僕には、これが精一杯の勇気であった。
Fin.
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