スケダンお題

□3.ミルフイユ(千枚の葉)
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3.ミルフイユ(千枚の葉)


秋も随分と深まり、テレビや雑誌でも行楽特集が目立つ頃。
僕はある休日に、本屋で参考書を買おうと秋色に染まった道をぶらりと歩いていた。
木々は赤や黄色、橙色の葉に覆われており、柔らかな秋の日差しの中でとても綺麗だった。
だが時折吹く風はひんやりと冷たく、思わずズボンのポケットに手を入れてしまう。
もうすぐ冬がやって来る。 そんな雰囲気もどこか感じられた。

ちょっと遠回りでもしてみるか。
綺麗に紅葉した木々をもう少し見たくて、いつもとは違う道を歩いてみる事にする。
そして目的の本屋とは逆の角を曲がり、公園の横を通りかかった時だった。
ふと見知った人影が視界に入り、それと同時に僕の心臓が僅かに高鳴る。

……浅雛だ。
彼女は公園の隅で長いポニーテールを揺らし、黄色い銀杏の葉を手に取っていた。
どうやら落ち葉を拾っているみたいだが。
声を掛けようか掛けまいかと迷っていると、浅雛の方もこちらに気付いたようで片手を小さく上げた。
それがなんだか嬉しくて、少し小走りで彼女の元へと向かう。

「浅雛、どうしたんだこんな所で」

「椿くんこそ」

「僕は本屋に行こうと思ってな」

すると浅雛は、少し怪訝な顔で僕を見つめる。

「本屋はこの道ではないだろう」

「あぁ、ちょっと木の紅葉を見たくてだな……」

そんな僕の答えを聞いた浅雛は、スッと手を上げ頭上を指さしたのだった。

「ここには色んな種類の木があるから、葉も色んな色に染まっている」

よかったら一緒に見ないか。
そう言った彼女はどこか楽しそうに見えた。
僕の、気のせいかもしれないが。

「そうだな」

そう答えると、浅雛は近くにあった公園のベンチにゆっくりと腰を下ろし、僕も静かにその隣に座った。 
今は昼時だからか公園には人が少なく、通りかかる車の音と鳥の鳴き声だけが辺りに聞こえる。
空を仰ぐと、そこには朗らかな秋空がどこまでも広がっており、どこか爽やかな気持ちにさせてくれた。

「そういえば浅雛は、なんでこんな所にいたんだ?」

先ほどから気になっていた疑問を投げかけると、隣の彼女はじっと木々を見つめながら口を開いた。

「……綺麗な落ち葉で、栞でも作ろうかと思って」

「栞? 本をよく読むのか?」

意外だな、彼女はあまり本を読むイメージでは無かったのだが。
だが浅雛はそれ以上は何も答えず、眉を寄せて黙り込んだのだった。
何か悪い事でも言ってしまったのだろうか。 しまったなぁと少し後悔する。

しばらく沈黙が続き、一枚の銀杏の葉がひらりと僕の目の前に落ちた時だった。

「椿くんは、本を読むのか」

ボソリと、聞き逃しそうな程の小さな声で浅雛は問いかけてきた。

「まぁ……そうだな。 家や、学校でも暇な時にはよく読んでいる」

彼女は相変わらず僕の方を向いてはいなかったが、そうか、と一言だけ呟くと満足そうに頬を緩ませた。
機嫌が悪いようではないので、ホッと胸を撫でおろす。
彼女のそんな表情を見ているだけで、僕の心は優しい気持ちで満たされるのだった。


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