Novel

□remember
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remember


「なぁ、ボッスン」

いつものように依頼人を待つ部室。
シンと静まり返っていた部屋の中に、俺の名前を呼ぶ声が響いた。
やけに静かなのは、スイッチのタイピングの音が聞こえないせいだ。
あいつは今日は結城さんと用事があるとかで、部活は休み。
なんだかんだであの二人、やっぱり仲いいよなぁ。

「なぁ、ボッスンて」

返事をしなかったからか、いらついた口調でもう一度名前を呼ぶのは、金色の短髪がよく目立つ副部長のヒメコ。
いつもの如く、あのクソまずい飴を舐めている。

「なんだよ」

畳に寝転んでいた体をゆっくりと起こし、彼女の方を見てみる。
しかしヒメコはこちらを見てはおらず、その視線は自身の手元にあった。
なんだ、用があるんじゃねぇのかよ……。
そして彼女は、まだ開けていない新しいペロキャンを片手で持ちながらそっと口を開く。
あれは色的に、たこわさ味だろうか。

「ボッスンは……。 高校卒業してもアタシの事忘れんといてくれるか?」

「は? 何だいきなり」

突拍子も無い質問に、思わず眉を潜めた。 しかしヒメコの視線は、相変わらず手元のペロキャンだ。
その横顔はどこか寂し気で、伏せた長い睫毛が彼女の頬に影を落とす。
どうやらヒメコは真剣に聞いてきているらしい。
俺は小さくため息を吐くと、頭を掻きながら答える事にした。

「そんなの、忘れるわけねぇだろーがよ」

当たり前だろ。 そう付け足すと、ヒメコはそっとこちらを向いた。
綺麗に透き通った瞳と目が合うと、自然と鼓動が速くなる。

「ほんまか?」

「あぁ」

「就職しても、おばあちゃんになっても忘れんといてくれるか?」

コイツは、何を当たり前な事を聞いてきているんだろうか。 呆れて笑ってしまう。

「ったりめーだ。 というか、お前を忘れられる方がおかしいぜ」

何たってあの鬼姫だ。 忘れる奴の方がどうかしてる。
……それに。

「そっか」

するとヒメコは、嬉しそうに目を細め口元を綻ばせた。

そう、その表情。
俺は絶対にその笑顔を忘れない自信がある。
強気な彼女が時たま見せる、優しい顔。
その顔を見ていると、心がじんわり温かくなるんだ。

「そうだよ、スイッチも俺もお前の事忘れる訳ねぇじゃん」

「アタシはあんたの事、すぐ忘れてしまいそうやけどな」

さっきまでの暗い表情とは打って変わって、ヒメコは悪戯っぽく歯を出してニヒヒと笑い始める。

「え!? それひどくね!?」

「あはは、冗談やて」

微笑みながらペロキャンを頬張る彼女を見て、俺はやれやれと息を吐いた。

お前の事を忘れるわけないだろうが、心配するな。
たとえお互いジジイとババアになっても、結婚したとしても……。
今のこの想いだけは、絶対に覚えているさ。

何て事は、今の俺には直接本人には言えないんだけどな。
そんな気持ちを心の奥にそっと仕舞いながら、俺はもう一度ゴロンと畳に寝転がるのだった。

「ありがとな、ボッスン」

「ふん」

今この時の幸せを、俺は忘れはしない。
絶対に、だ。


Fin.


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