文章

□諦め
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※奈落接近後

「犬夜叉さま、」

琥珀が呼び掛けた先にいた半妖は、犬耳をぴょこんと揺らした。思いがけず可愛いと感じてしまったが、ここで笑ってはまた殴られると思い、琥珀は笑いを押し殺す。自分がついていくと決めた妖怪が、このひとの兄だというのが信じられなかった。殺生丸さまは可愛くない――といったら語弊がある、そもそもあのひとは可愛いではなく綺麗――から、半分にしろ血が繋がっているのが不思議でならない。

しかし、つい先程まで奈落に狙われていた身だというのに、何なのだろうこの安心感は。最初は姉上が近くにいるからだと思ったが、違った。少し前に『おまえは心も体も弱い』と言われてから、珊瑚とは気まずくなり、悔しくて口を聞いていないのだ。

「なんだよ琥珀」

犬夜叉が振り向いた。

「いえ…ただお礼がしたくて…」
「礼?」
「はい、先程助けてくれたことと、今俺たちを守ってくれてることを」

殺生丸不在時に奈落が襲ってくると考えていなかったわけではないが、俺も迂闊だった。奈落は今や四魂の玉の大半を手中におさめるもの。自分達の居場所を見通せないはずがない。犬夜叉達が来てくれなければ、琥珀は今頃亡骸となっていただけだ。

「俺、助けて貰わなかったら、今頃こうして話したりなんかできていない。だから、ありがとうございます」
「けっ…それは珊瑚に直接言いな。あと、俺は見張ってるだけだからなっ。おめーの欠片がとられねぇよーに!死なれちゃ困るからな!」

ぶっきらぼうに犬夜叉は言った。本心そのままの言葉でないことは琥珀でも分かった。

「ったく。殺生丸の野郎、連れの面倒ちゃんと見ろよなー。なんで一人で出歩くんだか。俺だったらぜってーそんなことしねぇ。琥珀もりんも、まだガキだしな」

琥珀は先ほど珊瑚に言われた時のような苛立ちを感じた。(俺だって、戦える!武器はある、意志もある!)それが表情に出ていたのかもしれない。犬夜叉は続けた。

「だから、そういうのはもっと強くなってからでいいんだよ。お前ほっとくとすぐに無茶するだろ。無茶して死んじゃ、意味ねぇんだ。お前は生きて奈落から取り戻す。四魂の玉を完成させるとか関係なしに」
「……そんなこと、できない」
「なんで。」
「四魂の玉で奈落を消滅させるか、そうじゃなかったら奈落は消えない。桔梗さまも言っていた事です。俺は死ぬ。それでいいんだ、敵討ちなん…「よくねぇよ!!」

犬夜叉は叫んだ。驚いて立ちすくむ琥珀の頭をくしゃ、と掴む。

「お前は死なせねぇよ!もう誰も死なせねぇ!!ガキなんだから、もっと俺たちを頼れよ!勝手に決めつけてんじゃねぇ!ちったぁ信用しろよ」

ふん、と犬夜叉は早口にそう言って琥珀の横を通り過ぎる。その乱暴さが温かくて、温かさが苦しかった。

(違うんだ。俺はもう諦めたんだ。生きるなんて出来ない。だから、覚悟した。)

奈落を滅して死ぬための、最後の償いのための覚悟。もう分かり切っている終結をこうやって揺さ振るあのひとは、いったい何を考えているんだろう。考えるほど、琥珀は惨めな気持ちになった。


(死にたくないとか怖いとか、もうそんな気持ちは忘れたはずなんだ。なんで、……なんで、今更それを呼び戻すんだ)


どう足掻いたって、俺は死ぬだけしかないのに

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