文章

□主
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※少し成長したりん

「殺生丸さま、もう帰っちゃうの?」

今来たばかりなのに、とりんは不満を洩らす。唇を尖らせているのが「帰ってほしくない」の表れなのはすぐに分かる。そう言えばいいものを。

「駄々をこねるな!殺生丸さまはお忙しい方なのだっ!」
「知ってるもん!りんだってそれくらい分かるよっ」
「分かるなら言うなっ!」
「…はぁい」

村に住み始めてからずいぶん聞き分けが良くなった気がする、と殺生丸は思った。しかし、りんのしょぼくれた顔は彼女の心境を正直に出していた。つい先程まで嬉しそうに話していたのに、帰ると告げればすぐに曇ってしまう。

「またすぐに来るといつも言っているだろう」
「うん…。また来てね。…あ、そうだ。殺生丸さま、」
「…なんだ」

返事を返すと、りんは目を逸らした。珍しいことだったので、彼は不思議に思いながら耳を傾けた。更に、りんはいつもの元気さとは正反対の、もごもごした声で言った。

「あの…、村に、忘れものしてない?」
「忘れもの…?」
「うん…」

りんの手が彼女の髪をいじりだす。何の話だ、と思って眺めていると、りんがこちらへ歩きだそうとしているのが見えた。そこへ邪見が口を挟む。

「だーれがこんな辺鄙な村になぞ忘れものをするかっ!ささ、殺生丸さま。急ぎましょう」
「……待って、行かないで!」
「りん!ついてこようったって、今は無理だ…「邪見。」

やかましい邪見を退けさせるのは簡単だった。名を読んだだけで「ひぃっ!」と声を上げて殺生丸とりんの間から離脱するのだから。殺生丸はりんの頭に触れてやる。

「……殺生丸さま、」

忘れもの、の意味をようやく理解した。ただの人間の娘が、よく考え付いたものだ。自身を、そのようにとらえるとは。

「忘れられていると思っているのか」
「…だって。」りんは俯いていた顔を上げて、「りん、淋しいんだよ。殺生丸さまが来てくれるのは嬉しいけど、また別れなくちゃならないでしょ。毎回忘れていっちゃうの。いつになったら、取りに来てくれる?いつになったら、また殺生丸さまと一緒に居れる?」

声にすると、それは止まらない川のように一気に流れ出てきた。りんの願いは、きっとこれなのだ。私のそれと丁度一致した、一番の願い。

殺生丸はりんと目線を合わせて座り込み、頬を撫でる。瞳を覗き込むと彼女が不安そうなのが分かった。くだらんな、と殺生丸は笑う。

「…その気があるならば、今すぐにでも連れていくつもりだが?」
「本当に?」
「随分と疑り深くなったな。私の言う事が信じられぬか」
「ううん、違うの…。何だか嬉しくって」

この件のなかで、りんはやっと笑った。答えはいつも単純だった。お前には私がいる、そんな当たり前のことを忘れているのはりんの方なのだ。

「必ず迎えに来る。りんはそれまで待っておれば良い」
「待ちきれなくなるまでは待たせないでね」
「減らず口を…」

殺生丸は村の外れまで行って飛び立った。りんはいつまでもこちらを眺めていた。それは何かを願い、待っている一人の女の姿だった。



「…忘れもの、か」

この殺生丸が、人里に忘れものなど…。彼は自身を嘲笑う。しかしこれは、私が望んだこと。

りんがこの殺生丸のものだというのを、りん自身がよく分かっている。彼女の主は、彼なのだ。

その事実に、妖怪は笑みを隠せずにいた。

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