文章
□罪と闘う少年
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◇罪
「何もかも忘れてしまえればいいのに」
いつかの俺は、ふとそんなことを思った
知らないふりして笑うのが辛いよ
貴女が笑いかけるのを見ていられないよ
だって、俺は、生きていちゃいけない。
◇嘘
「ねぇ、琥珀!」
幼い少女の急な呼び掛けに、少年は立ち止まって振り返る。
「…どうしたの?」
空を見ていただけだよ。少年は穏やかに笑った。
実際、上を見上げていただけなのだ。いつも何かに捉われていたような気がしたが、世界はこんなに広い。奈落も四魂の玉も、関係なしに時間は進んでいるんだなぁ、と感動していただけ。だけど少女の声には焦りが含まれていた。
「だって、歩いてた。どこかに行っちゃうのかと思ったよ…」
少女は少年に寄り添って、彼を不安げな表情で見つめた。怖いよ、と隠しもせずに訴える。少年は絶えず笑い掛けた。
「大丈夫。どこにも行かない」
「本当に?」
「本当だよ。俺はお前の傍にいるよ」
「…うん。りんも、琥珀の傍にいるからね。ずっと一緒だからね」
「……あぁ、ずっと。」
手をとりあって、繋ぐ。
俺よりも小さな手。
今までに、何かを守ろうなんて
そんな強い気持ちはなかった。
いつも自分だけを守ろうとして。
だけど今は、この子が、
りんが。俺の守るべきものだ。
少女の暖かさに、少年は忘れそうになってしまう。自分の運命を。
だけと、今は。
今だけは。
◇あるはずのない日常
りんが野原で「ほらほら、あそこまで競争だよ!」と駆け出すと、
「こら、りん!どこへ行く気じゃー!」と邪見さまが追い掛ける。
二人が楽しそうに走り回っているのを見て暫らく過ごしていると、殺生丸さまがお戻りになって、「行くぞ」と俺に声を掛ける。
俺が大声で「邪見さま、りん!殺生丸さまがお戻りです!」と呼ぶと、二人とも嬉しそうに駆けてくる。邪見さまは最初、つまらないとか暇だとか言っていたくせに、すっかり楽しんでいたじゃないか、と俺は笑った。
そんな日常が俺には楽しすぎて、久しぶりすぎて。
勿論奈落は許せないし倒しに行かなきゃいけない、
俺はそのために死ななきゃいけない。
だけどこのまま奈落を追わずに、ここにいるひと達とゆっくり気ままに過ごせたら、どんなに幸せだろう。
そんな事を想像しては罪悪感に駆られて立ち止まる。
するとそんな俺に気付いたりんが、「行こう、琥珀。」と俺の手を引く。
俺の手は、汚いのに。
こんな、汚い手を持つ俺なんか、ここにいちゃいけないのに。
俺を包む暖かい空気が、俺はここにいていいんだよと言っているみたいだった。俺はもう死んでいるのに。ここにはいられないのに。
俺はやるせなくなって泣いた。
◇懇願
俺はもう何も見たくはないのです
◇気付いたこと
「何もかも忘れてしまえればいいのに」
いつかの俺は、ふとそんなことを思った…
しかし同時に思い出す
『何もかも忘れた俺が一体何をしたのか』
俺はもう逃げられない
何処へ行くことも出来ない
俺が「いる」のが悪いんだ
命を繋いでいるとかなかった命だとか
そんな次元の話ではなくて
いてはいけない人間なんだ
俺はここにいてはいけない
◇教え
妖怪は毒を吐く
妖怪は人を惑わす
妖怪は村を襲う
故に妖怪は恐ろしい
退治すべきものだ
人間は武器を持つかもしれない
人間は人を殺めるかもしれない
人間は間違えるかもしれない
だけど
人間ならばやり直せる
人間だからやり直せる
…そんなの、決め付けでしかないじゃないか。
◇これから
いること自体が罪な人間に
これからなんてありません
沢山の命を奪った人間に
一族を殺した人間に
姉上を傷つけた人間に
かけらがなければ死ぬ人間に、
これからなんてありません
これからなんてありません。