文章

□似た者同士
1ページ/2ページ




「あっ…」

りんは、思わず声を出してしまった。意図して見ようとしていたわけでもないのに、偶々その場に出くわしてしまったからだった。『その場』とは、犬耳の生えた半妖が、最近3年ぶりに帰ってきた巫女の唇を唇で塞いでいる、という場面。固まったのはりんだけではなくむしろ彼らだった。ぎくしゃくした表情で言葉も出ない二人を余所に、りんは何事もなかったかのように言った。

「あの、えっと…楓さまがかごめさまをお呼びです、って伝えに来ました…」
「…分かったわ、ありがとう」
「お邪魔して、すみません」
「…あ、謝る事ないのよ、りんちゃんは悪くないし!犬夜叉のタイミングが悪いのよ。ね、ねぇ?犬夜叉っ」
「お、おう…」
「じゃありんちゃん、一緒に楓ばあちゃんのとこ…」

かごめの振り向いた先に、もうりんはいなかった。「……あーあ、気ぃ使わしちまったな。あんなガキに」ちょうどかごめの心境をそのまま言葉にした犬夜叉は、ふてくされて肘をついて寝転がった。

「…なんか、こっちが謝りたいくらい」
「悪かったなっ。それよか早く行ってこいよっ。」
「分かってるわよ。行ってきます」

犬夜叉は小さく「おう」と答えた。その顔が明らかに(ちくしょー、これからいいところだったのに!)と言っていたのでかごめは笑ってしまった。ほんっと、分かりやすいんだから。

「な…、なに笑ってんだよ」
「別に。犬夜叉も一緒に行きましょ?」

ほら、と言ってかごめは手を差し出す。犬夜叉は起き上がって、つんとした表情をしながらそれを掴んだ。かごめは呆れ半分に彼を引く。

「ほらほら、顔に出さないの」
「出してねーよ。ったく」
「だいたい昼間からあんな…」
「だぁぁっ!うるせーっ!」
「…もう。帰ってからまたすればいいじゃない」
「ま、そうだけどよ。って、は………?」
「あ…」

あ、あたし、何も変な事言ってないからねっ!!顔を一気に赤らめながら焦り始めるかごめを見て、犬夜叉は笑った。繋いでいる手を強く握る。かごめもそれを握り返す。単純に、可愛いなぁと思った。


――――――――――


…のような事がこの前あったばかりだと、犬夜叉は思い出す。あの時は、申し訳なかったなぁなんて柄にも無く反省して、りんの匂いを辿ってきたのだ。

りんは先程、村に立ち寄った殺生丸と川の方に行った。かごめに頼まれなきゃあいつのいるところなんか行きたくもないが、「りんちゃんが前々から殺生丸に渡したいって言ってたものなのよ!なのにりんちゃんたら忘れちゃうんだから。ね、お願い」なんて言われたら行くしかないだろう。俺の理性に対するかごめの上目遣いの破壊力を舐めちゃいけない。

あれほど人間嫌いだった殺生丸が村に出入りする事になるなんて、犬夜叉は未だに不思議に思うが、それも全部りんの為なんだろうと思うとなんだか複雑だ。笑ってやりたいがそんな事したらまた喧嘩が始まるからしない。自分ではこういうところがあいつに比べて大人だと思う。

その代わり俺はりんに渡すだけ渡してすぐに立ち去ろうとしていたのだ。殺生丸には一瞥もくれずに(機嫌を損ねられたら面倒だから)。当初はその予定だったのだ。

しかし、この状況でそれは不可能だった。

「ね、殺生丸さま…っ、くすぐったいよ…」
「………………」

俺は声を出す間もなく固まってしまった。見れば、この真っ昼間、しかも村人から見られてもおかしくないような場所で、殺生丸はりんの肩口に顔を埋めていた。りんは全身から力が抜けている様で周りなど見えていないので、俺には全く気が付かない。

(何してんだよ、あの馬鹿!)

まだ少女としか呼べないりんを相手に、何だか不健全な香りしかしないような事を平気でする殺生丸。おいお前ただのエロじじいじゃねぇか。本気で見損なうぞ。

「…ね、…やめて、ほんとくすぐったいから…」
「…邪魔が入った。やめてやる」
「?」

流石に殺生丸は俺がすぐ近くにいることを察知して、ものすごく不機嫌な顔で俺を睨んだ。ただし、りんを腕の中に抱えたまま。りんが殺生丸の視線の先を追って俺に気付く。

「あ、犬夜叉さま…」
「……………」
「(目が消えろって言ってる…)…いや、あのさ。りんが忘れ物したって言うから…」
「あ!そうだった。私、殺生丸さまに渡したいものがあったの!ありがとう、犬夜叉さま」

今にもぶち切れそうな殺生丸に怯えながら恐る恐るりんに手渡す。てか、何で俺がこの役目やらなきゃいけねぇんだよ!つい文句をたれそうになるが、殺生丸からの殺気が凄まじい。今すぐにでも立ち去りたかった。

「…じゃ、じゃあな」
「うん!ありがとう」
「………………」

いや待てよ。俺が目を離したら、こいつは何をしでかすか分からねぇ。ここはバシッと忠告しとかなきゃな。

「…お前もさ、好き勝手やるなよ」
「…ふん、貴様も人の事を言えた身なのか」
「な…」

何かを見透かすような殺生丸の瞳に、俺はびっくりして一歩引いてしまった。

「やはりな。りんと同じ村に貴様らがいるなどろくな事がないだろうとは思っていたが」
「ば、ばかやろ。あの時はりんがいきなり入ってきたから…」
「え。りん、家の前でかごめさまのこと呼んだよ」
「…………(俺、墓穴掘ったな…)」
「分かったか犬夜叉。今すぐに立ち去れ」

家の前でかごめを呼んだのに俺もあいつも気が付かねぇとか、だいぶ油断したな…しかもそれをりんに指摘されるなんて。もはや面目が立たない。ちくしょう!悔しい!!

「悪かったなっ!とりあえず危ねぇ事だけはすんなよ!」
「……………」

犬夜叉は言われた通りその場を後にすると、りんはぽかんとして殺生丸を下から見上げる。

「ねぇ殺生丸さま、危ない事ってなぁに?」
「……教えてやろうか?」

殺生丸が珍しく笑ったのを見て、りんは左胸の奥がきゅうと締め付けられた。馬鹿な事を聞いたな、とりんは思った。恥ずかしくて見ていられなくなり、軽くうつむく。そんな健気な少女の髪を、殺生丸が優しく撫でた。

「…冗談だ、りん。顔を上げろ」
「………………」

促されても、りんは顔を上げられなかった。苦しくて、目を瞑るしか出来なかった。


だって、今は殺生丸さまのこんなにお側にいて。顔を上げたりしたら、彼の口元にばかり注目してしまうような気がしたから。


(あの時のアレ…殺生丸さまと、したいな、、)

そんなことを、思ってしまうだろうから。これを言ったら、殺生丸さまはりんの事、気持ち悪いって思うに違いない。そしたらこうやって、抱き締めてくれたりとかしなくなっちゃうよね。そんなの嫌だなぁ…。

(なに変な事考えてるんだろう…)

本当は殺生丸の方がりんの想像しているそれを今すぐにでもしたくて色々と我慢しているという事にりんが気付く由もなく。悶々とした気持ちのままのふたりだけの昼下がりは、それでもゆったりと進んでいた。


→おまけ
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ