文章

□無自覚
1ページ/1ページ




新しく拵えた着物を携えて久しぶりにりんの元へ行くと、相変わらずな嬉々とした笑顔が溢れた。分かりやすいな、と思いながらも、本当に裏表の無い小娘だと今更ながらに感じる。


手渡したら「いつもありがとう」と言うので「このくらい当たり前だ」と返したら笑われた。何がおかしい。
同じ時、邪見が目を細めて遠巻きにこのやりとりを見ていた。いじけているような様子が気に食わない。とりあえず蹴っておいた。貴様は退治屋の娘達の相手でもしていろ。


「あ、お義兄さん来てたのね!こんにちはー」
「おまっ、その呼び方いい加減やめろよ、身の毛がよだつ!」
「……………」


こちらとしても良い気はしないので挨拶代わりにとりあえず睨んでおく。すると、新しい着物を早くも着たりんが、小屋から出てきた。

「…に、似合うかな…」と恥ずかしそうに聞いてきたりん。私がりんのために選んだものがりんに似合わないわけが無い。しかし、強めな口調で言うべきではないので柔らかめに言った。


「よく似合っている」
「、…ありがとう、殺生丸さま!」

照れた様子がまた可愛らしいと思った。りんは、嬉しそうに顔を見上げて「ね、りん、おさんぽしたいな」と私の腕を緩く引っ張る。
ああ、行くか、と素っ気なく答えただけなのに更に喜ぶりん。村人からの視線も気にせず、ふたりは歩き出す。

途中、邪見のやかましい声がこちらまで届いてりんが笑いだした。雰囲気の欠けらもない。後でまた蹴っておく事にしよう。殺生丸は、そう心に決めた。



――――――――――




「りん、殺生丸さまとお話したいことたくさんあるんだ!」
「前来た時から日が空いてしまったからな…」
「…うん、ちょっと淋しかった、かな」
「…………」
「だけどその分、今日殺生丸さまに会えたのがすごく嬉しい……」

私もだ、と殺生丸は思ったが、口には出さずにただ聞いていた。否、言えなかったという方が正しい。りんの発言ひとつにこうも心が揺り動かされる。

こっちこっち、と言うりんの案内に従って行くと、その道は森に続く道だった。光が緑の隙間から殺生丸たちを照らす。

「前にりんが一緒に旅してた時も、殺生丸さまはよく出掛けてたけど。あの時は、絶対に帰ってきてくれてたから…」
「……お前のいる場所が帰る場所だった」
「…そっか…なんか、嬉しいな。殺生丸さまの帰る場所が、りんのいる場所だったってこと」
「……………」
「……でもね、今はいつも一緒じゃないから、こういう時が一番好きなの」

隣を歩くりんの横顔を見ると、微笑んでいるのがよく分かる。今も相変わらず身の丈は小さいが、三年間でだいぶ伸びていた。

殺生丸は、口無沙汰な分を行動で示そうと、りんの頭を軽く撫でる。最初くすぐったそうにぴくりと震えたのすら愛おしい。

しかし、次にりんの口から出た言葉はまるで予想外だった。


「邪見さまも、連れてくればよかったね。なんか悪い事しちゃったな…」

りんはずっと笑顔でいたのにも関わらず、先程よりも低めな声で悲しげに呟く。こんなところでも邪魔する邪見が憎たらしい。思わず舌打ちをしそうだったのをなんとか止める。
だが、なるほど子供も子供なりに考える事があるのだな、と思った。


「……ふたりだけは嫌だったか」
「ううん、仲間外れみたいでヤダな、って…。殺生丸さまと一緒なのは嬉しいよ?」
「……そうか」
「殺生丸さまも、りんに会えて嬉しい?」
「当たり前だろう。そのために来ている」
「ふふっ……、そっかぁ…」
「………………」


森の緩やかな坂道を歩き続けた先は、楓の村を見下ろせる丘だった。りんが駆けていって腕を精一杯伸ばす。
そこには涼しげな風が流れていた。「気持ちいいね」と言われ返事しようかと思った矢先、りんは雀が空を飛んでいるのを見つけ、喜んでいる。
ああ、これはまだまだ。


「……子供だな」

「……え?殺生丸さま何か言った?」
「いや…」
「ね、それより見て見て!邪見さまが遊んでるよ!」


見ると、邪見が七宝と何やら口喧嘩してるようで、それを珊瑚の双子達が喜んで見ている様子だった。遊んでいる、と捉えたりんもりんだが、喜ぶ様は何度見ても見飽きない。


「ここ、良い場所でしょ。私が見つけたんだよ!」
「ああ…」


(りんは、本当に変わらないな…)

 気付かれないくらい小さな溜め息を影でひとつ。無邪気で可愛らしい一輪の花は、相変わらず。それが少女の良さとも言える。

だが、殺生丸は少しばかり焦れったさを感じていて。


村に帰ってすぐに、その憂さ晴らしも交えて邪見がぼこぼこにされたのは言うまでもなかった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ