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□訪問
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夜の森。月明かりが遮られているわけでもないのに、そこには小雨が降り注ぐ。微かな匂いと光を頼りに、殺生丸はとある場所を目指してゆっくりと歩いていた。


何故かと聞かれても特別それらしい理由はない。ただ、なんとなく、気掛かりであったから。近くに立ち寄ったついでに、一度はそれを確認しておこうと思っただけだ。

人里の近くに行くのは気が引ける。人間の臭いがだんだんと強くなるのに比例して、殺生丸は不機嫌になっていった。

(……くだらん。こんな人間に囲まれた空間にいた挙げ句、封印されるとは…)



雨の雫がびったりとくっつくほど頭髪を湿らせた頃、殺生丸は大木の幹に留められたままの少年を発見する。見上げたそれが、自分の義弟であるという事実がなんとも情けなく、呆れてしまった。

(封印の矢、か)

左胸に真直ぐに刺さる矢は、日が経つにつれて傷んでいるのだろう、所々黒ずんでいる。しかし、そこには今だに衰えぬ巫女の力が結界を張っていて、他の者を寄せ付けない。さすがは四魂の玉を預かっていた巫女とでも言うべきか。程度の高い人間であったのだから、半妖の考えるような幼稚な思索はすぐに見破ったのだろう。

(玉を使えば完全な妖怪になれるとでも思ったのか…)

弱者のする事だ、と殺生丸は思う。半妖がいくら藻掻いたところで、半妖には変わり無いというのに。実に馬鹿げた事をするものだ。雑魚が。


しかし、そのような馬鹿げた事をしたくせに、それは安らかに眠るような顔をしている。詳しい事情を知らない殺生丸にとっては、とても異様な光景だった。

(私と会う時には、とても見せないような表情だな…)


二度と封印が解ける事はないのに、それはまるで安堵したような顔をしている。ぴくりとも動かない事が、かえって殺生丸には薄気味悪く思えた。少し距離を縮めて、注意深く観察を進める。




「犬夜叉…」


ふと思い立ってその名を呼んだ。が、それが反応を示す事はない。無駄だと分かっているのに、何度か名前を口に出す。

犬夜叉、犬夜叉……。

逆に言えば、それが死んでいるようには到底見えなかった。もし、醜態を曝け出した死体が残った状態だったのならば、跡形もなく毒で消し去ろうと思っていた。だが、こうも神秘性すら感じさせる死に様だと、消してしまうよりも興味の対象になる方が早かった。


力なく垂れ下がる右腕を、湿った手で握る。そのまま右手を持ち上げてみたら、爪の長さは普段と変わっていない。つまり、これは生きているか死んでいるかなのではなく、

(時が止まっているという事か…)




――夜の森。止んだ雨がより一層月明かりを輝かせる中、恐らくもう二度と目を開かないのであろう半妖を後に、殺生丸は歩き出す。

いずれ殺そうとしていた者だった。しかし、もうこの殺生丸には何の関係もない、憐れな半妖。

それを生かしておくのは、そう、ただの気紛れでしかなかった。

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