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□物足りない
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あの戦いが終わってから、俺は新しく楓さまの村に住むことになった。まあ、住むと言っても「帰るところになった」という言葉の方が正しい。俺は本当の意味での妖怪退治屋になれるように、雲母と共に度々この村から出る。雲母は猫又だから、よく鼻が利く。まだまだ半人前の俺が妖怪の気配に気が付かなくても、雲母自ら俺を妖怪のもとへ運んでくれた。
そんな生活をしている中、あのひとはいつも突然にやってくる。



「琥珀。今日はまだ仕事がないのか」
「あ、殺生丸さま」

声がしたので上を見上げると、犬の大妖怪はふわりと降りてきた。今日は邪見さまがいない。いつもあのひとは邪魔ばかりしてくるので、いない時の方が嬉しかった。それが顔に出ていたのか、殺生丸さまは鼻で笑った。

「お前は…分かりやすいな」
「あなたが優しいからですよ」
「当たり前だ。邪見がいるだけで不機嫌になるような困った小僧でなければわざわざこんな事はせん」
「ふふ…。俺はそんな事で不機嫌になったりしませんよ」
「よく言う」

殺生丸さまは呆れたように呟きながら俺の頭の後ろに腕を回す。その隙間から、雲母が変化を解いて森の茂みに隠れていくのが見えた。

「いい子だな…」
「………」
「あ、殺生丸さまじゃないですよ」
「…あまり調子に乗ると、後がどうなるか分かっておろうな…」
「だから殺生丸さまじゃないと……まぁそれはそれで……楽しみですね」

俺が可愛げもなく余裕をかましながら笑っていると、殺生丸さまはしゃがみ込み込んで、俺の耳元で「……少しは黙れ」と低く囁く。俺を抱きしめる腕に力が入ったのを確認し、俺も強く抱きしめ返す。腕は回りきらないけど。視界は殺生丸さまの毛皮でいっぱいになった。

「…らしくないですよ」
「何がだ」
「俺は嬉しいけど…」
「なら、文句を言うな」

誰かにこんなに想われたことがない俺にとっては、この幸せすぎる空気が逆に不安になる。今までと違いすぎていて。
なんて、考え事をしていたら、急に腕がほどかれる。殺生丸さまの綺麗な手はそのまま俺の頬を撫でて、俺は一瞬だけ唇を塞がれた。

固まった俺を見て、殺生丸さまは呆れたような楽しんでいるような、どっちともつかない表情をした。

「もっとマシな反応は出来んのか」
「だってあまりにも唐突で…」
「もの足りぬか」
「そうじゃな…、」

言い終える前に、もう一度。今度は長く、深く。顔が火照ってしまう。ああ、まだ昼ですよ。殺生丸さまはらしくもなく、俺の口内を貪るように口付ける。(物足りなくなっているのは明らかにあなただ。)俺はそう思いながら、殺生丸さまの舌に己のそれを絡めた。

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