文章

□正直者の不在
1ページ/1ページ




「なんでガキなんか連れ歩いてんだよ」


邪見もりんも寝静まった夜、森の奥からぶつくさと文句を言う声がした。こちらに向かってきていたのは分かっていたが、こうも明らかに不機嫌でいられると、正直何の為に会いに来たのかと不思議に思う。大木に背中を預けて座った状態のまま、殺生丸は声に答えた。

「何か文句でもあるのか、犬夜叉?」
「あるに決まってんだろ馬鹿な事聞いてんじゃねぇよ」


今まで「人間なんて」と思ってたお前が、またどうしてガキなんかを生かして自分の傍に置いとくんだよ、意味分かんねぇ。

即答した上にだらだらと言葉を続ける犬夜叉に、殺生丸は呆れ半分に溜め息をつく。ついたと同時に目の前の茂みから緋色を纏った少年が現れた。


雰囲気からして苛々を醸し出している。これだから貴様は面倒だ、と呟いたら舌打ちを返された。


「『殺生丸さま〜!』なんて呼ばせちゃってよぉ。お前そういう趣味あったのかよ?」
「貴様には関係のない事だろう」
「いやあるね。俺が気に食わねぇ」

犬夜叉は腕を組んで殺生丸の僕達を見回す。ちっちゃいのが二匹並んでると少し微笑ましい感じがしたが、それとこれとは別問題だ、と脳内で仕切り直し、再び殺生丸に視線を戻した。いつも通りの無表情がいつも以上に無性に腹立つ。元から腹立つ野郎だけど。


「勝手に僕増やすとか、しかもそれが人間のガキとか、俺には理解できねぇよ」
「人間三匹と小妖怪二匹とつるむ貴様の口からよくもそんな事が言えるな」
「…今は俺の話じゃねぇだろ」
「…………」


話をはぐらかされても、一瞬言葉に詰まっただけですぐに元に戻る口調に、性格がよく出ているというか何というか。

止まった会話の代わりに犬夜叉が少しずつ殺生丸との距離を縮めて。終始上目遣いになっている兄が少しだけ可愛く感じた犬夜叉は、首に腕を回して額の月に口付けを落とした。


「……随分と、自分本位な言い分だな」
「お前は口も塞がれてぇのか」


ふざけた事を、と全て言い切る前にまるで噛み付くかのように犬夜叉が唇を覆ってきた。それでも犬夜叉は怒っているというよりはむしろ殺生丸の反応を逐一楽しんでいるようだ。そんな犬夜叉の態度を心底不快に感じたが、舌を絡めてくるのを拒まない自分の方がもっと不愉快極まりなかった。


「…くだらんな。嫉妬でもしているのか」
「は、調子乗んなよ。誰が嫉妬なんか」
「……素直じゃないな」
「てめぇだけには言われたくねぇ」


分かりやすく犬耳が跳ねたのを、さも面白そうに眺めた視線が気に障ったらしい。犬夜叉が仕返しに、と首元に顔を近付け一舐めされるとぴくりと震えてしまう。いちいちこざかしい奴だ。諦めたようにそう言うと、犬夜叉は楽しそうに舌をペロリと見せた。


「あんまり声出すなよ、気付かれたらまずいだろ?」

「……黙れ」


…あぁ、やはり、素直じゃないな。お互いを試して騙して遊んで罵って、一体何がしたいのか。私には分からない。

ただ唯一思うのは。こうして犬夜叉が自分を訪れるこの時間が、つまらなくはないという事だ。


だから、口元が緩むのも右腕を精一杯伸ばすのも上目遣いなのも特に意味はない。無意識にそうなっているだけなのだから。
そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと目を閉じる。広がる夜に、その身を委ねて。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ