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君を想う。

それだけで……





戦禍の中。

歴史が動き出す前に、目の前の敵を殲滅する。
正しく歴史が動くように。
その動きが、変えられてしまわないように。

土煙と血飛沫が風に舞い、空気を汚していく。
しかし、興奮は醒めず高ぶり続ける。
軽傷だ。
まだ隊も行ける。
進軍だ。

いい戦をしようじゃないか!

馬を走らせ、降り注ぐ弓と石を掻い潜る。
「さあ、驚かせてもらおうか!」




目が覚めた場所は、手入れ部屋だった。
ああ、戦が終わってしまっていたのか。
勝利を収め、帰城した。
重傷者も居らず、その後の出陣もないということでいつも使用される手伝い札も今回は使われなかった。
休ませる目的を重視したのかもしれない。
太刀や大太刀になると、軽傷でも手入れに時間がかかる。
進言したのは誰かなんて、聞かなくてもわかる。

「君だろう?」
傍に控えていた同じく刀剣男士に声をかける。
背筋の伸びた座り姿。
その傍には本体である刀も置かれていた。
しかし、その視線は真っ直ぐに畳を見つめていた。
「おはようございます。」
「ああ。
随分寝た気がする。」
「そうですな。」
その場を動かない我が隊の副隊長、一期一振。
「君はどれぐらい寝ていたんだ?」
「あなたよりは早かったですよ。」
君も軽傷だったな。
「そうか。
それは残念だ。
君の寝顔を見れなかったのは。」
「見ても面白くはありませんよ。」
「そんなことはないぞ?」
いつものように軽口を交わすが、一期一振は視線を落としたままだ。
手入れの時間はあと少しだけ残っているようで、布団から動けない。

「一期、」

名を呼ぶと、僅かに肩が揺れる。
その反応にふと息を吐く。
不快なものではなく、少し安堵したためだ。
この優しくも強い矜持を持った美しい刀が、何を思っているのか。
少し汲めた気がしたからだ。
「一期、」
もう一度、先程よりは優しい息をもって呼ぶと、ややあってはいと返事があった。
するりと布団から手を伸ばす。
あと少しの時間が惜しい。
手入れが終わってさえいれば、さっさとその体を抱きしめに起き上がれるのに。
はたはたと呼ぶように畳を叩く。
それでも動かない。
これは頑固な。
そう心の中で苦笑し、おいでと声に出す。

時間はもう夜だろうか。
ならば朝まで誰も来ないか。
いや、流石に…部屋まで戻るか。
そんなことを考えていたら、濃紺の膝が近くにあった。
いい子だ。
伸ばした手で膝をよしよしとあやす。
「君の判断は間違ってないさ。」
「はい…」
握られた拳を開かせて、その手を労う。
眠らなければならなかったのは、俺だ。
「鶴丸殿、」

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