管理人作業用メモ10
閲覧禁止(見ましたわね?)
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私とあの人の出会いは、随分昔になる。
随分と言いつつ、未だほんの十数年しか生きては居ないが。
細かいことは気にされなくてよいのです。

その人、とは少し他人行儀ですな。
まっしろしろすけと出会ったのは、通う幼稚園ででした。

当時、ある有名なアニメ映画が話題で、そちらは黒でしたかな。
まっしろしろすけは、その頃から頭の天辺から下まで真っ白でした。
なんて可愛らしいお嬢さんかと思いましたよ。
まさか、同じものが付いているとは思いもしませんでしたが。

まっしろしろすけとは、当時のガキ大将が呼びだしたあだ名で、彼も淡い恋を散らしたようでした。
本当に可愛らしかったんです。
ええ、もう。

まっしろしろすけはよく病気で園を休んでいました。
私は元々丈夫ですから、ジャングルジムから落ちても無傷なくらいで。
自慢ではありません。
事実ですので。
はぁ?
大泣きしたのはそちらでしょう?

話を戻します。
そのまっしろしろすけと仲良くなったきっかけは…
はて。
何故でしたかな?
思い出せませんな。

では、この話はこれまで。

「待て待て待て!」

がっしりと手首を捕まえられる。
「話しましたから、もう行きます。」
「何をだ?
俺がまっしろしろすけと呼ばれていたことと、今だ君があの時の俺を可愛らしかったと思っていることしかわからんかったぞ。」
「十分ですな。」
しれっと顔を背け、腕が伸びるだけ距離を取る。
「あと、ジャングルジムの話はもうするな。
トラウマもんだったんだぞ?
思い出すだけで、ああほら見ろトリハダだ。」
「知っていますが。」
「知っていてするな。
いや、この問答も死ぬほどしたな。」
げんなりして、引かれるままに腕の力を投げ出す。
しかし、捕まえている指の力は抜かない。
これでも体力もろもろ付いたのだ。
「食べる量が違うのですよ。」
「米好きめ。」
「何とでも。」

細く白い腕。
これを力任せに振りほどくことができるのを、お互い知っている。
知っているし、それをしないのを知っている。
「いーちご。」
「何ですか?」
にやにやと笑う顔に苛立ちを感じる。
あんなに可愛らしかったのに…

「何だ、またやっているのか?」

のほほんとした声の乱入に、2人は同時にそちらを向く。
「お前とまっしろしろすけが仲良くなったきっかけは、一期、お前がそれに求婚したからだろう?」
「まぁ、そのオチだわな。」
「御二人とも、お覚悟ですぞ。」

「して、御二人の関係は…?」

ことの発端が、開いていない目を向ける。
「婚約者だ!」
「黙らっしゃい!
幼馴染みです!」
「腐れ縁を通り越して夫婦だな。」
「それも違います!」
「では、良い仲ではないと?」
「…ぅ」
言葉に詰まる。
友人を前に、誤魔化しではなく嘘を吐くほど、一期の性根は柔らかくない。
「君のそういうところが大好きだぜ!」
「ううぅー…」
両の手のひらで顔を覆う。
言外に良い仲だと告げていることに、鶴丸は満面の笑みを浮かべる。

**

私は、粟田口 一期と申します。
この度は、誠にお見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。
といっても、私のせいではありませんね。
あのまっしろしろすけこと、五条 鶴丸国永のせい。


・・・・・・




「おや、ここにも居らなんだか。」

炊事場に顔を出した三日月は、きょろきょろと何かを探している。
「三日月さん?
誰か探してるの?」
昼食の仕込みを担当をしていた光忠が手を止めて振り向く。
「いやな、碁の相手に鶴を探しておったのだが。
あやつは今日、非番だったはずでなぁ。」
「鶴さん?
そういえば、朝御飯の後から見てないなぁ。
薬研くんは知ってる?」
光忠の手伝いをしていた薬研はいやと首を振る。
「一期くんも今日は出陣だし、どこ行ったんだろ?」
「ふむ。
まぁよいよい。」
別の相手を探すと三日月は炊事場を後にする。




「第一部隊が帰還しました!」

「いち兄!
おかえりなさい!」
非番や内番の手伝いだけの弟たちが集まってくる。
「ただいま。」
一期は手袋を外し、一人一人の頭を撫でていく。
帰還の報告へ向かった部隊長以外は各々解散となったので、一期は弟たちと広間へ向かっていた。

「お、いち兄帰ってたのか。
おかえり。」
「薬研、光忠殿の手伝いはいいのかい?」
昼前の炊事場は忙しいだろうと一期は首を傾げる。
「俺っちの仕事は下拵えのとこまででいいって言われてな。
配膳の手伝いは小夜が宗三と手伝うって交代してきたとこだ。」
大倶利伽羅も居たしな。
「そうか。」
お疲れ様と一期は薬研の髪を撫でる。
それを照れくさそうにしているのが可愛らしい。
それを分かっている薬研はするりと手から逃れる。
「それより、」
着替えをと続けようとした言葉は、ふと思い出したことに遮られる。
そういえば、いつも居る奴が居ない。
いち兄が出陣から戻ったのだ。
出迎えないという事実が既におかしい。

あの白い御仁が。

「鶴丸さん、居ないですね。」
秋田の声に弟たちはきょろきょろと辺りを見回す。
薬研だけでなく、他の兄弟もそれに気づく。
「どうしたんでしょう?
非番でしたから、出かけていらっしゃるのでしょうか?」
一期は前田の頭を一度撫でる。
「鶴丸殿のことだから、きっとまた新しい驚きを仕込みに行っているのではないかな。
それは私たちが居るところではできないだろう?」
それにと一期は微笑む。
「こっそりと何かを企んでいるのであれば、私たちはそれを楽しみにしていなければね。
その時に、大いに驚いて差し上げないと、ね?」
「今度はどんな驚きなんでしょうね!」
秋田は笑顔を明るくしてぴょこんと飛び跳ねる。
一期はそうだねと頷く。
「それじゃあ私は着替えに部屋へ一度行くから、皆は昼食の手伝いや持ち場に戻るように。」
はーい!という声を聞いて、一期は自室へと足を向ける。
薬研が何か気づいたようだが、何もないと後で言っておこう。


この本丸に顕現し、早1年。
ここで人の姿を持って生活をするということが、当たり前になっている。
人のように寝起きし、刀として敵を斬る。
今では刀剣男子も数が増え、刀としての本分よりも人としてある時間の方が増えている。

様々な時代の刀剣との交流は、とても有意義で楽しい。
仲間として頼もしく、友人や家族として関わることの尊さを何度も教えてくれた。
刀として持ち得なかった感情は、両手に溢れるほど感じることができる。
そして、誰かを慈しむことを知った。
弟たちを思う気持ちと同等で、しかしそれより甘い感情。

一期は自室に手袋と外套と上着を脱ぎ置き、着替えもそこそこに部屋を出る。
自分に与えられている部屋は2階だ。
2階の構造も1階同様に東西に棟が伸びている。
一期は中央の階段のすぐそばだ。
短刀たちの部屋から近い位置を選ばせてもらっている。
しかし一期はその階段を通りすぎ、更に東の廊下を進む。
その廊下の最後、東の端の部屋の前で止まる。
その部屋の障子は中途半端に空いていた。

やはり…

いつもはきちんと閉められている障子。
そこから部屋の中を伺えばそこはもぬけの殻で、誰の気配もない。
そのことだけ確認し、一期は踵を返す。
今度こそ着替えるために。
あの部屋の主は昼餉にも帰って来ないだろう。
しかし自分には、あの方を待たないという選択肢はない。


**

ふと、鶴丸国永が姿を隠すときがある。
いつもは騒がしく、常に動き回り誰かと語らい、短刀たちと庭を駆け回ったりしているのに。
誰かと語らうことが多いのは、何も自らが話しかけるからだけではない。
誰かが彼を呼び止め、見つけているのだ。
しかし今日、彼の姿は本丸にない。

「光忠殿、」
「一期くん、お疲れ様。」
昼食の時間直前の炊事場は忙しない。
しかし今日の当番である光忠は、手元を動かしたまま顔をこちらに向けてくれる。
「すみません、お忙しい時に。」
「大丈夫だよ。
今日も、もしかして?」
「そのようです。」
一期は苦笑を漏らす。
光忠はやっぱりと眉を潜める。
「ごめん、昼前に三日月さんが鶴さん探してたみたいでさ。
居ないならいいって言ってたんだけど、薬研くんが居てさ。」
光忠は近づいてきた一期に声を落とす。
「一期くんが来ると思ったから、先に上がってもらったんだけど…」
一期は申し訳なさそうに眉を下げ、腰を折る。
「すみません。
お気遣いいただき、ありがとうございます。」
「大丈夫だよ。
おかずは何か持っていくかい?」
「はい。
少しだけ頂戴します。」

**

この本丸も随分と賑やかになった。
自分が顕現した頃は、新たな刀剣男子が立て続けに鍛刀されていた。
太刀である自分は、他よりもいくらか練度を積ませてもらい、遠征や鍛練の補助を主としている。
つまらない日々ではない。
自分はこの上なく幸せだ。

だからふと、それを隠してしまいたくなる。

何故か、と問われると答えはない。
長い刀生。
これ程満たされ、驚きに溢れた日々はなかった。
毎日が輝き、季節を感じる。
自分ではないものと話すこと。
仲間という関係。
友となる縁。
想うということ。
想われるということ。
愛しいと、人間のように感じること。

目まぐるしく過ぎるその速さに、目を閉じる。
暗くなる視界。



ああ…
何て愚かなのだろうか…


知っているから、確認したいのだろう。
すまんな、主よ。
俺は今、生きている。
あの頃のような生き方ではないが。
ここは、墓でも蔵でもないのにな…




向こうから、馬番の声が聞こえる。
今日は誰だったか。
畑は、炊事は、出陣は…


「いち…」


ふと口をついた、愛しい刀の名。

今は何刻だ?
第一部隊の帰還は?
そんなことも忘れていたのか。
何たることだ。
足早に廊下を進む。
大広間に差し掛かる。

昼過ぎた日差しが差し込む大広間には、山積みの洗濯物が取り込まれていた。
よく乾き、太陽の匂いがする。
そして、そこには背筋の伸びた後ろ姿があった。
浅葱色した髪から、光が漏れて眩しい。
丁寧に1つ1つ畳む様子が伺える。
こんなに大量にあるのに、手伝いは居ないのだろうか?

「おかえりなさいませ。」

「!」

あの金の瞳は、己を捉えていないのに。
一期はゆるりと体の向きを変える。
そして真っ直ぐに、鶴丸を見止めた。
きっちりとお手本のような姿勢で正座をしている。
内番服に着替えているということは、怪我もなく帰還したからだろう。
「鶴丸殿。」
呼びかけに、弾かれたように足を動かす。
洗濯物は踏まないようにだけ注意し、その膝へと飛び込む。

「いち…」

幼子のように、体を一期の膝に預け、腰に腕を回す。
「はい。」
応えのあることへの喜びが、洪水のように溢れる。
素肌の指が、さらさらと頭の上を行き来する。
撫でられるということの心地よさを知ったのも、随分と前だ。
優しさを、余すことなく注がれる。

あぁ…
愛しいな…

鼻を押し当てた箇所から、一期の匂いを吸い込む。
日溜まりと、石鹸の匂い。
「いち、」
「はい。」
「ただいま。」
「はい。
おかえりなさいませ。」

あぁ、帰った。
帰ったぞ。
ちゃんと、ここに。

「一期、」
「はい。」
「お帰り。」
「はい。
無事、帰ってまいりました。」
「そうか。」

一度、抱く腕を強めて放す。
ゆっくりと体を起こして、一期の正面に座り直す。
一期は、もうよろしいので?という顔をしている。
それに、苦笑する。
「いつまでも、君の顔を見ないというのは落ち着かない。」
「然様ですか。」
ふわりと微笑む一期に、太陽の香りが増した気がした。
「幼子のようで、可愛らしかったですよ?」
「君の前では、形無しだ。」
じっくりと顔を眺めてから、今度は正面から抱きしめる。

君が居るから、俺は見失わなずに済むのだろう。

回し返される腕の温かさを感じる。
「すまない。」
いつも、待たせてしまうな。
「いえ。」
待ってなどおりません。
一度体を離し、近い距離で顔を伺い見る。

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