「なあ西田、失恋したことあるかぁ?」
「は??」
あれはいつだったか、
100億事件の後、親父が組をあっさりと割って真島建設を立ち上げて落ち着いてきた頃。
神室町ヒルズの建設で組員、いや作業員みんな一丸となってがんばってた時でした。
突然のゲリラ豪雨に見舞われて作業は一時中断、濡れたらあかん物を皆びちゃびちゃになりながら片付けた後でした。
最後まで自分は木材にビニールシートやらを被せていてやっと終わったと事務所へ戻ろうとしたところ、まだ親父が外にいとったんです。
親父まで一緒に濡れることないのに!と走って親父の元へ駆け寄りました。そしたら親父、何を考えてんのか真上向いて顔面に雨を浴び出したんです。
「親父っ!なにしてるんですか!風邪ひいてまいますよ!!」
「なあ西田、失恋したことあるかぁ?」
はあ?なにこんな時におセンチなっとんねんおっさん……、と自分の中のブラック西田が騒ぎましたがそこは上手いこと「はあ?」だけで済みました。
「あるんか?……ないんか??どないやねん。」
「え、いやそりゃあありますよ。親父も見ての通り自分こんなんなんで。」
上を向いたまま親父の右目が開き、ちらりとこっちを確認して、
「……まあ確かにワシみたいに男前やあらへんな。」
……地味に傷ついた自分は親父とおんなじように上を向いて顔面に雨粒を受けました。
数秒の間は雨粒がうっとおしくてつい手で顔を覆いたくなりました。けれどそれを耐えると不思議なことに少し心地よくなってきたんです。
顔を濡らす雨粒と降り注ぐ雨の音。
そこに自分しかいないような感覚すら覚えて、なぜか昔の事を思い出しました。
ヤンキーグループのマドンナに告白され、自分よりももっと強くてかっこいい奴がいるのに自分を選んでくれたことが信じられなくて、騙されるものかと酷い言葉を浴びせ泣かせてしまった事。
父親と喧嘩の末出ていこうとした自分にすがり付いてきた母親を突き飛ばしたら柱に頭をぶつけ怪我をさせてしまった事。
どれもこれも後悔している事ばかり思いだして不意に泣きそうになりました。
「親父……雨ってどえらいもんですね……。」
「せや……雨ってどえらいもんやろ…………。」
顔を元に戻すタイミングが全く掴めなくて自分の目元がじんわり熱くなってきたのを感じました。
あかん、このままやと泣いてしまう
そう思った瞬間膝がガクンッとなって驚いて目を開けると後ろにニヤニヤ笑った親父が立ってました。
「いつまでおセンチなっとんねん西田!」
見事に膝カックンを決められた自分は、自分の目から涙か出てるのではないかと急いで袖で目元を擦りました。
それを知ってか知らないでか、親父はくるりと背中を向けると
「ほれ、風邪ひくで!」
そう言って事務所に入ってしまいました。
親父の変な質問の意味は未だにわかりませんが、雨粒を顔面に受けて自分が感じた事、それはきっと親父も感じてたんやと思います。
口には出しませんが作業員みんな親父の事心配してます。
散々悪いことしかしてないような親父ですがええとこもたくさんあります。だから自分は時間のある時は近所の神社に行って願掛けしてるんです。
親父にもう一度チャンスをあげてください、って。