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□恋する狂犬9
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「それ…触ってもいい?」
「…こんなん触ってもなんのご利益もあらへんで?」
ハルは着替えを持ってくる奴らに家まで送らそう。
そう決めてここを出ようとしたワシは、ふいに投げ掛けられた申し出に背中を向けたまま答えた。
ハルがゆっくりと立ち上がる気配を感じる。
最近は堅気のやつらも彫り物してるモンが多なって刺青自体はそない珍しいモンやなくなってきた。
それでもこれほどのモン背負っとるのはやっぱりこっちの人間しかおらんやろうし物珍しいんやろ。
「あ〜!真島さんに文句言ってスッキリした〜!」
こっちの気も知らずにやけに清々しい声や。こっちは鬱々としてんのに。
「ハイッ!結城ハル!告白しま〜す!!!」
酒に飲まれてる時は気分がコロコロ変わる。
さっきまで笑ろてたかと思うといきなり泣き出したり、泣いたかと思たらキレだしたり。
それに付き合わされる素面の人間が一番大変や。
今まさにワシがそう。
けど、この酔うたハルの相手すんのもこれで最後や。どうせやったら辛気臭いより笑ろて楽しく終わりたい。
「なんやてっ!?告白ぅ!?よっ!ハルチャン!!エエとこ見せてや〜!」
ワシはハルのテンションに合わせてやることにした。
立ち上がって大袈裟に深呼吸をしてみせるハルのほうへ向き直る。心なしかさっきより顔が赤い気もするが急にテンションが上がったせいやろう、あまり気にせずワクワクしたような顔を見せてやる。
「私!結城ハルは!…真島吾朗が好きですっ!!!」
「ィヨッ!日本一〜〜!!!……ん???」
用意してたお決まりの野次を飛ばしたものの、ハルのした告白はワシが予想してた暴露的なもんとは違う(いや、ある意味暴露か)、告白やった。
「好きです真島さん!」
ふらふらと危なっかしい足取りながら一歩、また一歩とワシに近づいてくるハル。
いくら酔うてるからって今こんな台詞言うんは反則やろ、と思いながら一応聞いてみた。
「真島吾朗っちゅ〜んはあの狂犬真島のことかいな!?あれは止めときアブナイ男やで!触ったら火傷どころや済まへんで〜?」
うん、と頷いたハルに真島吾朗のアカンとこを羅列してけなしてやった。
自分で自分けなすんはなんか妙な気分や。
せやのにそれをまるっきり無視してハルはそのままふらふらワシのすぐ目の前までやってくると後ろを向くようゼスチャーする。
「ああ、せや、紋々さわりたかったんやな。」
くるりと背中を向けたもののじっくり紋々見せるなんて、彫って綺麗に落ち着いた頃親父に見せたきりや。
「なんや恥ずかしいて照れるわぁ〜…。」
背中に感じるハルの視線。
人差し指であろう微かな体温が、描かれている般若をなぞるように動いている。
一筆書のように一周した指先が離れたと思うと、さっきよりも面積の大きい体温を感じて、いつのまにかワシの腰にハルの手が回されていた。
「真島さん…」
背中の温もりから振動を感じてワシはそれが頬やと気付く。
「…何や?」
「…好き。」
その台詞と同時に背中に柔らかい感触がした。
「うぅぉぉぉおいっ!!なにしてんねんっ!!」
慌ててハルをひっぺがしたのは、なにを思ったかこの恐ろしい般若にキスしとったから。
「とっ、とにかく座りハル!今日はオマエ酔いすぎや!」
このハルの奇行に完全に動揺したワシは、とりあえずまた背中に引っ付きかねないハルを組員特製絨毯の上に戻した。
しかし座らせる為に一緒にしゃがんだのが失敗か、今度は首に腕を回し絡み付いてくる。
「おいコラ!離せっちゅ〜ねん!」
「いやだー!離れないーっ!!」
どうやら今日の酔い具合はかなりひどいようで、引き剥がそうとすればするほど強く絡んでくるハルに呆れたワシは抵抗するのをやめた。
渋々尻を床につけて座り込むと少しだけハルの腕の力が緩む。
「なぁハル、ちぃと離してくれへん?ワシ煙草吸いたいねん。」
「……やだ。真島さんどっか行っちゃうもん。」
酔っ払いのくせに外に煙草吸いに出た振りをしてそのまま去ろうと考えてたのをまんまと見破りよった。
「…ほなこのまま吸うてエエん?そんなとこおったら煙たいで?」
「………いいの!」
再び腕に力が込められ観念したワシは、首にハルというマフラーを巻いたまま煙がなるべくハルにかからないよう横を向いて火をつけた。
閉めきられた無風の部屋で、一筋の白い煙が上に向かって伸びていく。
一体今何時なんやろか
今日はえらい1日が長いなぁ
ハルはえらい酔っ払いやし明日になったら憶えてへんのやろうけど、それでもケジメとしてちゃんと伝えとかなあかん。
「なぁハル。」
「んー?」
「ワシな、オマエにゆわなあかん事あんねん。」
「なあにー?」
「…ワシな、ハルのことむっちゃ好きやった。けどな、色々考えたらやっぱあかんねん。」
首にへばりついてたハルがワシの顔を見ようと動く。
ワシは咄嗟に左手でハルの頭を押さえて動けへんようにした。
今、真正面からハルの顔見るんは正直辛いし、こんな辛気臭い話してる自分の顔も見られたない。
左手でそのまま頭を撫でていると、気持ちよさそうに首に頬をすりよせてくる。
狂犬になつく子猫…親父がみたら嫉妬しそうやな。
「ハルがワシのことどんだけ想てくれてるかは知らんけど、ワシらは住んどる世界が違うんや。ワシはハルの世界に行けんしハルもこっちに来たらあかん。」
「…私真島さんのこと好きだよ?なのに行っちゃダメ?」
「……………。」
そんなんゆわんといてぇな
まだ半分残ってる煙草を地面に押し付けながら肺に溜めた煙を吐き出す。
「…アカン。」
「や!」
「お互いの為や。な?」
「嫌!私は真島さんが好き、真島さんも私が好き。なら一緒にいるもん!」
緩み始めていた腕がまた強くなる。
「…ほな、嫌いや。ハルのこと今嫌いになったわ。」
ハルに解らせる為についた嘘にチクリと心が痛む。
嫌嫌と駄々をこねるハルは、いつからかワシの乾いた血のついた首にねだるようにキスを繰り返していた。
「ハル、やめぇ。そない駄々こねてもアカンもんはアカン。」
やがて唇を押し当てていただけのキスに生暖かい感触が加えられる。
「なぁ、止めや。ワシはハルのこともう嫌いなんやで。」
「…嘘、好きだもん。」
一瞬視界に入ったハルの口元が薄く赤に染まっていた。
ワシはそれを見てゾクリとした。
ハルに血が付いていることに対する困惑よりも、興奮した自分がおった。
もっと
もっとコイツを汚したい
シャワーを浴びるように返り血を浴びた日は赤を見るだけで興奮する。
ほんの少しの理性をかき集めて保ってきたが、赤に染まりつつあるハルにワシの中の狂気が沸き上がる。
そんなことも知らずにワシの首に代わらず顔を埋めるハルを、ワシは両手で強く抱き締めた。
「ンンッ…」
突然の締め付けに呻いたハルの息が耳を甘く刺激する。
「…なぁ……誘てんのかぁ?」
それを聞いてか聞かないでかペロリと首を舐めたのを返事ととったワシは、片手でハルの顔を引き剥がすと血に染まった唇に食らいついた。
→R18
赤と白の誘惑
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