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□恋する狂犬7
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嶋野さんと夢の国デート当日、私は少し早めに現地入りしていた。


車で来たらこの場所で降りるであろうポイント近くのごみ箱の影に身を隠す。

なぜならもし、もしも、嶋野さんがいつもの紫スーツでやってきたら逃げる為である。その為にサングラスまでかけているのだ。



真島さんならともかく、出会って間もない嶋野さんならきっと私に気づかないはず…

前を横切るファミリーやカップルが少し白い目で私を見ている気がするが、そんなことは気にしない。


待ち合わせの時刻まであと30分。
ごみ箱様、どうか私を守って!!
















その頃、嶋野組の事務所では、真島の甲高い笑い声が響いていた。



「うひゃひゃひゃ!なんなん親父そのナリは!ほんま笑かしてくれるわ〜!」

「黙れ真島っ!!おどれ一体何しに来たんじゃ!今日は用ないはずや!」



ノックもせずに組長室のドアを開けるなりこの大爆笑。嶋野でなくても真島のこの失礼さには腹が立つはずだ。


「いや、ハルが今日は用あるねんゆうから親父の相手でもしよかな〜思て来たんやけど…ぶっ…ぶぁははははッ!アカンッ!腹よじれるッ!」



目尻から涙を滲ませて笑い転げる真島にきっつい拳骨を落とし嶋野は事務所を出ると、前に待機していた黒塗りの高級外車に乗り込んだ。



「いったぁ〜……あ!親父!どこいくんっ?!」

「気づきよった!はよドア閉めぇ!!!」


嶋野の指示に慌てて組員がドアを閉めたが時すでに遅し。真島はすでに蛇のようにスルリと車内に入っていた。




「なぁどこ行きますのん?ワシも連れてぇな〜」

「やかましい!わしは今から夢の国行くんじゃ!お前みたいなキチガイ連れて行かんわボケ!」



嶋野が言った"夢の国"に過剰に反応した真島は再び笑いのツボに入ったようでげらげらと笑い出す。


「おっ、親父がユメノクニやて?!今のナリもそうやけど似合わんにもほどがあるで!!誰と行くん?オネエチャンらか?」

「アホ!お水のあいつらと行くんやったらいつものスーツでかまへんがな!」

「そらそやわ。え〜ほなカタギの子か!親父にそんな知り合いおったんかいな!?」



あまりにも似合わない似合わないと真島が言うものだから、さすがの嶋野も少々不安になってきた。
確かに自分自身も着なれない服に違和感は感じている。けれどそんなにダメ出しされるほど似合ってないわけではないはずだが…





…嶋野は思った。
そのダメ出ししてくる男は東城会の中、いや全国の極道の中でも上位に君臨するであろう奇抜で個性的なセンスの持ち主、真島。


こやつは一般的なセンスを持ち合わせていない。だったら真島の意見は全くあてにならない!






スッキリした嶋野だったが、やはり隣でワンワン言われ続けるのはうっとおしい。話を切り替えるため、同伴する相手の名前を言ってやった。


「真島、わしが誰と行くか聞いてしょんべんちびるなや。」

「そんなんちびるかいな〜!はよもったいぶらんと教えて〜な!」


「……ニャンコや!!」




「……ニャ………ニャンコ?!ブハッッ!アカンッ!!うひゃひゃひゃひゃ!!」



いかつい嶋野の口から飛び出た素晴らしく可愛い言葉"ニャンコ"。
またもやツボった真島は車内のガラスが震えるほど爆笑した。


「そうか!お前ニャンコが誰が知らんのやな…笑ろてんのも今のうちや。後でキャンゆうのはお前やで真島。」


意味深なことをボソリと言いほくそ笑んだ嶋野を気にもせず、真島は涙を流して大爆笑していた。














時刻は午後4時30分


嶋野さんとの待ち合わせ時刻ぴったりだ。

そろそろ漂う登場の予感に、私はサングラスのレンズを綺麗に拭き気を引き締めた。



颯爽と黒い車が道路に滑り込む。定刻通り、あの車は間違いなく嶋野さんだろう。



組員が先に降りると後部座席のドアを開ける。








「!!!!!」




体を屈め、やっと狭いところから解放されたと言わんばかりに降りてきた嶋野さんは、緩めのチノパンにポロシャツ、その上に軽くシャツを羽織っていた。


てっきり例の極道スーツで来るだろうと決めつけていた私は、その嶋野さんの姿に釘付けになる。


若干いかつさは拭いきれてはいないけど、"怖そうなおじさん"レベルに上手く化けている(失礼!)。




「おーーい、ニャンコーッ!!」


聞き慣れないこっ恥ずかしい愛称を叫ばれ、私はごみ箱から思いきり身を乗り出していたことに気づいた。



「ニャンコーッ!ここやー!」


これ以上辱しめは受けたくない!
私は駆け足で嶋野さんのもとへ向かった。




「どないしたんやサングラスなんぞして。粗方わしが来たら逃げるつもりやったんやろ。」


ズバリ言い当てられては今さら言い訳するのも惨めである。


「す、すいません…」


私は潔く計画していたことを認めた。



「そんなことよりどうしたんですか嶋野さんその格好!?」


さっき聞いた失礼なダメ出し男と同じ反応に嫌気がさしたのか、嶋野さんは少しだけ拗ねた顔をする。




「似合ってますよっ!!大きいからゆったりめのパンツって似合いますしっ!ほんと見違えた!!」


おもいもよらぬベタ褒めにどうしていいかわからない嶋野さんは、つるつるに剃られた頭をガシガシ触りながら「そ、そうかぁ〜?」、と恥ずかしそうに言った。



「これなら私、パーク内を堂々と一緒に歩けますっ!」

「ほんまか!よかったわぁ〜…ってソレどういう意味やねん!?」



しまった!あまりにも予想外の服装に気をとられすぎて失言を…!!



「…まぁええわ。ほな行くで!」
「はっ、はいっ!」

熊のように大きい嶋野さんの少し後ろを追いかける。









「ンン〜…あれ?もう着いたん?」


自らドアを開け、だるそうに出てきたのはまさかの真島さんだった。

車内でのあまりにうるささに、キレた嶋野さんにコテンパンにされ意識を失っていた真島さんは、いるはずのない私を見つけて片目を大きく見開いている。



「ちっ…目ぇ覚ましてしもたか…」



めんどくさそうにそう言って嶋野さんは振り返った。
真島さんの目はいつの間にか殺気を宿していて、ゆっくりとした足取りでこちらに向かって来るのが妙に怖い。



「どういうことや…。さすがに理由も聞かんと親父殺ることはできんからなぁ…」


首を左右に傾けて骨を鳴らし、ニタリと笑みを浮かべる。
そんな姿に全く動じない嶋野さんは特に声色を変えることなく、むしろさらにだるそうな態度で返事をかえす。



「わし、ちゃーんとゆうたやろ?ニャンコと会うねんってなぁ。」
「…聞いてへん。ニャンコがハルやなんて聞いてへん。」


嶋野さんを睨みつけながらとうとう目の前まで来た真島さんが背中に手をまわした。



「こンの、ど阿呆ッ!!!!」

「ぐえっっっ…!」


カエルを押し潰したような声が聞こえて真島さんの手から視線を顔に移すと、真島さんの顔面に嶋野さんの大きな拳がめり込んでいた。


「まっ、真島さんっ!!」
「い………ったぁ〜……」
「こんな場所でドスなんかありえへんやろこのボケェ!!もっと考えんかい!そんな頭でも脳ミソ入っとるんやろが!!!」



「ええと…ティッシュ、ティッシュ!」

鼻血をボタボタ流す真島さんをさらに怒鳴り付けている間に、私は慌てて鞄からティッシュを探す。

「ワシに内緒で2人でユメノクニなんてどうゆうことなん!?」

「内緒になんかしてへんやないか!ニャンコがここで飯食いたいゆうてたから連れてきたんや!」


鼻にティッシュを詰めながら不満そうな目で見るので、私は嶋野さんの話の相づちを大袈裟なくらい首を縦に振った。


「時間もったいないわ!ニャンコ!こんなアホ放っていくで!」

「待ってえな!そんなんワシも行く!」




真島さんの同伴の申し入れに、予想通りと言わんばかりに嶋野さんが声をあげて笑いだした。


「お前、そんな極道丸だしのナリで入れるおもてるんか!!」



ついてこれるもんならついてきぃ、と嶋野さんは笑いながらゲートへ向かっていく。

鼻にティッシュの真島さんは、大きな嶋野さんの背中に向かって変顔をお見舞いしてから、今度はわざとらしく拗ねた口調で私を責めてくる。



「なぁハル、いつの間に親父とこない仲良うなったん?なんかワシだけ蚊帳の外やん。ハルはワシとだけおったらええのに…」


グチグチ言う真島さんをなだめながらなにげに周りに視線を向けて私は焦った。


同じようにゲートに向かっているカップルやファミリーがこちらをドン引きで観ているのだ!

神室町を歩いているときはそんなに気にならなかった。
やはりあの町は特別なんだ。それに比べてここは夢の国、ファンタジーな世界に血生臭い極道は不釣り合いすぎるにもほどがある。
しかも鼻にティッシュINだし!!





たぶん……いや、絶対真島さんは入場拒否される!!!

だってすでにゲート付近で警備員が集合し始めてるもん!








「真島さん…落ち着いて聞いてくださいね?……真島さんはたぶん中に入れないです。」

「ハァッ?なんでーっ?!チケットならそこらで買うとこあるんやろ?」

「いえ、そういう問題じゃなくて…」



私は機嫌を損ねないようオブラートに包んで説明した。
ちょっとずつ真島さんがイライラしてくるのを感じながら…。






「なんでや!?ワシかて客やないか!金かてちゃ〜んと払うし!そこらのヤクザと一緒にすんな!」

「ちょっと!!大きい声出さないでっ!!!」


そこらのヤクザよりあんたのほうがタチ悪いよ!!、なんてもちろん言えない。



「しかもなんやねんさっきからユメノクニ、ユメノクニて!皆あのネズミん中人入っとるってわかってるんやろ!?」







ネズミの中に人入っとる、だと…?








私はキレた。


その台詞は夢の国ファンとして聞き捨てならない!!




「真島さん、ここでお別れです。あなたは私が絶対パークに入れさせない。」



ピシャリと仁王立ちで言い放ち、私はくるりと踵を返すと嶋野さん目指して走った。


「な、なんやねんいきなりその宣言…ハルッ!ちょい待ちぃ!」


追いかけてくる真島さん目掛けて出た言葉は、もう何年か封印していた方言だった。






「ついてくんなや!!!」





へ?と、立ち止まった真島さんを見て大阪弁が出たことに気づいた。


「ニャンコーーッ!」



ええい!後はどうにでもなれっ!




私は嶋野さんの元へ行き、ゲートをくぐって入場した。




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