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□恋する狂犬8
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翌日、私はジェラテリアにいた。
お気に入りのチョコをオーダーし、人を待ちながらガラス越しに流れる人々を見ていた。
テンポよく流れていた人々が突然立ち止まると道を開ける。
まさかと思いガラスにへばりついて見ていると予想通り組員数人を引き連れた真島さんがいた。
コンコンッ
ガラスを叩いて合図を送る。
手前にいた組員がその音に気付き眉間にシワを寄せてこちらを向いた。
睨みを効かせていた彼は私だと気付くなり笑顔を見せて頭を下げた。つられて私もペコリと会釈する。
組員に教えられた真島さんがこちらを向いて目が合う。
昨日のキスがフラッシュバックして赤くなりだした顔を誤魔化すように私は手を振った。
「ハル〜!なんでこないなとこおんねん!仕事は〜?」
「今日は研修だったんです。」
本当は残っている有給休暇の消化で休みだ。
私は何個も用意した嘘の中のひとつをさらりと言った。
「そうか〜。ワシは朝っぱらから親父に呼び出されてヘトヘトや〜。ほんま人使いの荒さにも程があるで〜。」
真島さんはお疲れの様子で私の前の席に雪崩れるように座る。
「お疲れさまです。一口食べます?」
「お?エエの?やっぱりチューした仲はちゃうなぁ〜!」
TPOを考えない真島ボイスは店内の端まで響き渡る。
店内にいた人々が一斉に私に注目した。
「声が大きいっ!!!そんなことここで言わないでくださいっ!」
「なんで〜?かまへんやん別に。それよりハルがアイスくれるなんてなぁ〜。桐生チャンが買うてきた時は人の分まで食うてたのに。」
「……全部あげるなんて言ってませんよ?一口です一口!はいア〜ン!」
「!!!いやハル…こんなとこでア〜ンは……なぁ??」
キスやらは大きな声で言っちゃうくせに"ア〜ン"は恥ずかしいのか突然周りを気にしだした真島さん。
私はさっきの辱しめの仕返しにと、しつこくスプーンを彼の目の前につきだした。
「ほらっ!早く口開けてっ!!」
「堪忍してや〜………」
渋々顔を寄せてくる真島さんがスプーンを握る私の手首を掴む。
やっぱりあ〜げない!、と寸前で手を引こうと企んでいたのはどうやらお見通しだったみたい。
「え?」
手首を掴む真島さんの手に力が入れられ、それと同時に手の甲に生温い感触が………
「なななななにしてんですかっ!!?」
「なにってハルの手舐めてんねん。」
慌てて手を引っ込めたものの、他のお客さんたちにばっちり見られていて視線が痛い。
「うひゃひゃ!なぁハル、ワシが"あ〜ん"ごときで照れるわけないやろ〜!アホやなぁまんまと騙されよった!」
げらげらと笑う真島さんをキッと睨み付けながら私は残りのアイスを完食した。
もちろん一口たりともあげないで。
食べ終わったところでタイミングよくメールがきた。約束の相手がもうすぐ来ることを知った私はお手洗いで化粧直しをしようと立ち上がった。
「あん?えらい今日はお洒落してるやないか。」
「ええ。大事なコンパですから。」
「は…ハァァァァッッ!???!」
あまりの驚き様に、その声に驚いた周囲の人々がビクリと跳ね上がる。
一方、ベージュのフワリとした膝上丈のワンピースというモテ系ファッションの私はすました顔で真島さんをスルーしてお手洗いへ向かった。
手早くパウダーをはたいてチークを塗り直し、ぽってりとした唇に見えるようグロスをたっぷり塗る。
どこからみても可愛らしい大人しい女の子だ。
よしっ、と気合いをいれて私はお手洗いのドアを開けた。
ドアを開けるなり目に飛び込んだのは細い通路にヤンキー座りをして私を待ち構える極道、もとい、真島さん。
「おいハル!」
気配を消して素通りを試みたが通じるわけがない。
いつもと違う低い声で名前を呼ばれた私は、なんとなく振り返る勇気がなくて前を向いたまま返事をした。
「…なんでしょう?」
「コンパてどうゆうことやねん、なんでそんなん行くねん。」
「………駄目ですか…?」
あん?、と私の言葉を物騒な物言いで返し、立ち上がる気配がした。
「こっちが先に聞いとるんや。答えんかい。」
お手洗いの前の狭い通路、数歩歩けばテーブルがある賑やかな店内のはずなのに、この空間だけは異世界のように空気が違う。
それはきっと真島さんが今放っているオーラのせいだろう。
「…付き合いです。いけませんか?」
「付き合いて…。なんやねんそれ。」
「…真島さんだって付き合いでキャバクラとか行くでしょう?それと同じですよ。」
コツ、と床のタイルが音をたてたと同時に勢いよく肩を掴まれた私はその力に思わずよろけた。
「どこが一緒やねん!コンパは男探す場やろが!だいたい何やねん!!何でそない突っかかってくるねん?!ついさっきまで機嫌良うしてたやないか!」
真島さんの言う通りだ。
コンパは真島さんから連絡がなかった時に約束したもので、今さら断れないからと説明すればいいのに。
なのに、昨夜一晩考え過ぎたせいかどうしても穏やかになれない。
そんなにコンパに行かれたくないならハッキリ言えばいいのに。
「お前はワシのモンや」って言えばいいのに。
付き合ってくれって言ってくれればいいのに。
思い合ってるだけじゃ不安。
ちゃんと私が真島さんのモノだって言って欲しい。
そうしたら……心が折れてしまいそうなキャバクラ勤めだって頑張れる。
この神室町に、真島さんのそばにいる為に。
ただ一言が欲しくて、私の口はどんどん真島さんを挑発する言葉を生み出してしまう。
「いけないんですか?出会いの場に行くの。」
キッと睨みながら見た真島さんの眉間にはどんどん皺がよっていた。
「私、真島さんに止められる筋合いないですよね?」
「はぁ?どういう意味や?」
「だって……私達付き合ってるわけじゃないですもんね?」
「!………………」
言葉に詰まった真島さんは眉間皺を寄せたまま私を見ていた。
どうして?あんなに口説いてくれてたのに、キスだってしたのに。
なのになんで付き合おうって言ってくれないの?
「…ね?私達、ただの仲良しなだけなんですよ。キスしたければする、そんな仲なんですよ。」
「おい…それ以上しゃべんな口閉じぃ…」
「どっちも傷つかないしいい関係じゃないですか?責任もないし。」
肩を掴んでいた手が離れ拳となり壁に叩きつけられる。
ドゴッという音で店内にに静寂が訪れ、私はぱらぱらと無惨に落ちていく破片を目で追った。
「…勝手にせえ。」
険しい表情のまま真島さんは私を押し退けるとコツコツと足音を響かせながら店を出ていった。