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□恋する狂犬10
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バケツの水をひっくり返したような大雨の西公園。




数日の間着たままの、更に濃さを増した黒い喪服姿の真島がそこにいた。



いつもそこを住居としているホームレス達も屋根のある場所に避難し、人気のないここで真島はたった1人ベンチに座り空を見上げている。






どんよりと重い灰色の空からは、いくつも絶えることなく雨粒が落ちてきて目も開けていられない。



それでも真島はずっと空を仰いでいた。









「真島…さん?」



なんとも怯えた消え入りそうな声が彼を呼ぶ。



しばらくすると、ぐちゅぐちゅと水でぬかるんだ地面をゆっくりとした足取りで向かってくる音が雨音と重なる。








「……真島さん…。」



「…ハルか…。」





顔に当たっていた雨粒が傘で遮られ、ようやく真島は右目を開くことができた。





「……なんだか随分久しぶりな気がします…。」


「…せやな。」






真島はちらりと右目を動かしハルの姿を確認すると再び目を閉じる。


まるで別人のようなドレス姿のハルの出で立ちを気にする余裕など、真島の中には残っていなかった。




それに、目を閉じていても彼女が自分のいつもと違う喪服姿を気にしていることくらいわかる。







「…あの……」





ハルが続きを言い出す前に真島は自分から切り出した。



























「…親父がな、死んでしもた…。」

















親に捨てられ、1人で荒れた毎日を送っていた日々。たまたま数名のチンピラを地面に沈めた時、見ていた嶋野に拾われた。



嶋野に大きな恩義を感じていた真島は彼のことを尊敬し、忠誠を誓い、その証しとして彼の話す関西弁を話した。そしていつしか本当の親のように慕っていた自分。






いつだったか、少しだけ嶋野との出会いを懐かしみながら話してくれたのを思い出す。


ハル自身も嶋野と知りあって真島と3人で笑いあい過ごした……あれはほんの数日前の出来事なのに。









──嶋野が亡くなった──






言葉が頭の中をぐるぐるとルーレットのように廻るが、その言葉は"理解する"というポケットに入ることなく回転を続ける。









「…ワシ、また1人になってしもた……。。」








真島の固く閉じられた右の瞼の端から一筋の水が流れ落ちた。




もう雨粒は真島に降り注いでいない。

濡れた顔を耳に向かって滑り落ちていくその雫は、明らかに空から降り注ぐ雨ではなく彼の体内から溢れ出たもの。







傘もささずに雨にうたれ空を仰いでいたのは、自分の感情ではもうコントロールがきかず次々と流れる涙を隠す為。










「…もうな〜んもあらへん……。これからどないしたらええんやろな……。」










いつもあんなに自信に満ち溢れていた真島がまるで捨てられた子供のようで幼い頃の自分と重なる。

遠い昔押入れの中から見た、笑顔とはまた違う清々した表情で襖を閉めていった母親。
どことなく"ああ置いてかれるんだ"と悟ったハルは笑顔を返しながらも涙が止まらなかった。







赤い傘が地面に落ち泥が跳ねる。

ハルは傘を手放し、真島を抱き締めていた。







頭を、顔を、雨から守るように体を丸めて包み込むハルの服はみるみるうちに濡れていく。







冷たい雨に体温を奪われ、ひんやりと冷えきっていた顔に暖かみを感じた真島は、その温もりで必死に繋いでいた理性の最後の糸がプツリと切れる音を聞いた。



嶋野が死んだことで自分の生きる道や存在すらわからなくなり、ぼろぼろになった真島の心は限界で、発作を起こしたようにハルの腰に腕を回ししがみついた。





「なんで…なんで置いていったんや親父ッ!…」





がくがくとハルを強く揺さぶりながら悲鳴のような台詞を繰り返す彼を、ハルはただきつく抱き締めるしかできない。






雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた真島と視線が重なる。






ハルは異変に気付いた。

真島の目がどこか虚ろで焦点が定まっていないことに。









「そうやハルッ、ワシのそばにおってくれ!親父みたいにワシを側に置いてくれんのもうハルしかおらんねんっ…!」





腰にまわされた両腕にさらに力が込められ、真島はハルに必死に懇願する。



こんなに彼が取り乱した姿を誰がみたことがあるだろうか。

いつもの真島はどこへやら、今は駄々をこねる子供のよう。

いつも奇妙なほどに明るく何を考えているのか全く読めない、決して人に心の奥を見せない真島は、自分自身も心の闇に気づいていないのかもしれない、いや、気づかないフリをしているのだろうか。



幼い頃にこんな風に母親にすがりつき、そして伸ばしたそれを残酷にも振り払われてしまったのだろうか。





ハルは胸を締め付けられた。








「なあっエエやろハルッ?頼むわ!頼むからワシを1人にせんといて…………!!」


「しないっ……私でいいなら側にいます真島さんっ……!」







ハルが取り乱す真島を宥めるようにそう言うと、その言葉が届いたのか真島の体は一気にだらんと脱力し、意識を手放した。






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