main-短編
□デトックス
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「桐生チャン、わしなぁ…ゾンビになってしもたかもしれん。」
真島は自らの意思で残った隔離エリア内で、次々と現れるゾンビ達をまるでアーケードゲームのように撃ち抜いていた。
けれど楽しいのも初めだけ。なんの手ごたえもないのに倒しても倒しても湧いてくる彼らに少々飽きてきた頃だった。
「はい、小休止〜。」
真島は停まっていたトラックを爆破させると地下へと続く階段に腰を下ろしため息をついた。
袖を少し捲り巻いた包帯を見れば未だ少しだがじくじくと出血している。
いまさらだが弾や刃物を避ける事には自信がある。しかし、いくらかつて嶋野の狂犬と恐れられた真島でも"噛む"という攻撃は初めてだった。ましてや相手が犬や虎ではあるまいし。
「ワシも歳とったっちゅうことかいなぁ〜」
いじけるように落ちていたコンクリート片を手に取ると階段の下へ八つ当たりがてら放り投げる。
カツン…、とそれがタイルに当たったと同時に微かに撃鉄を起こす音がした。
とっさに身をかがめた真島の頭上を弾が飛んでいく。
「おいおいチャカ持ったゾンビなんぞ見た事あらへんで!」
雑魚どもにはもう飽きた、さらなる新種と殺りあいたいと丁度思っていたところ。グッドタイミングや、と真島はショットガンに弾を込め階段を下りて行った。
止まっているエスカレーターを下ると銃声が響いている。しかし音はするものの肝心の弾は飛んでこない。
もしかして逃げ遅れた奴が交戦しているのだろうか。
音のする方へ気配を消し後方に気を配りつつ足を進めると、そこには最後の一匹を仕留めた女の姿があった。
「おお〜!ブラボーブラボーやな!」
突然の真島の声に肩で息をしていた女が即座に銃を構える。
「やめェや!ワシはまだ人間や。」
「あんた…言葉がしゃべれるの…」
銃口が火を噴いた。
ぎりぎりでかわした真島にチッ、と舌打ちし、もう一度構えなおす。
「やからワシはまだ人間やっちゅ〜てるやろが!」
あっという間にねじあげられた手から拳銃が落ちる。
「痛っ…!」
「おお堪忍堪忍!ちょいと手荒やったな。」
解放された手をかばうようにしながら女は真島を凝視する。その疑うような目を気にせず話しだす彼はなんだか嬉しそうに見えた。
「ジブン逃げ遅れたんか?どこでそのチャカ手に入れたん?射的得意なんか?けっこうな命中率やでホンマ!ワシは普段ドスしか使わんのやけどな、やっぱりこう飛び道具っちゅうモンは…」
「………………」
ペラペラとひとしきり話を終え、ハッと我に返るとそこに女の姿はなかった。急いで銃声のする地上にあがるとまたも女がゾンビと交戦していた。
「よっしゃ!加勢するで〜!」
撃ちながらずいぶんと歩いた。
塵と自らの血液だろうか、汚れた後姿を見ながらふと真島は女に尋ねた。
「なあジブン、バリケードの外行かんでエエん?出るんやったらワシ出口知っとるから…」
「…ここにいたいの。」
「……ふぅ〜ん、変わりモンやの。」
大して深くも考えず、真島はずっと彼女の後ろをついて行った。本当なら自分が先頭きって進みたいところだがあいにくこの女は素直についてきそうにない。
それにゾンビ狩りに飽きたらきっとバリケードの外にでようとするに違いない。その時は案内してやらなければ。
人助けなんて全く興味がなかったのにヒルズに籠ったあたりからどうも調子が狂っている。
なにかの爆破によってぼろぼろになった建物。二人はその二階に上がりやっと腰を落ち着けた。
吹き飛ばされた壁のおかげで見通しがいい、ここならゾンビがやってきたらすぐに対処できる。
慣れた様子でこの場所にいるこの女はきっと数回ここで休息しているのだろう。
「……煙草…」
「は?」
「煙草持ってない…?」
この真島吾朗から貰い煙草、おまけにタメ口やと!
思わずピクリと眉間に皺が寄りはしたものの初めての女からの会話に真島はもうすこし様子をみようと気を落ち着かす。
受け取ったライターで火をつけながらゆっくりと煙を吸い込む。
すると瞬時に女はせきこんだ。
「ゲホッ!…ゴホゴホッっ…」
「な〜にむせとんねん、初めての煙草やあるまいし。」
「……初めて。私吸いませんから。」
その返事に今度は真島がせきこんだ。
「けほっ…あーっ……。なんでぇ?ほな吸わんでもええやんか、わざわざ肺汚さんでもええのに。」
「吸った事ないから吸ってみたかった。興味のあるものは今のうちに手をだしとかなきゃ。」
今のうち…??
言葉が引っかかりつつもあえて質問せず、真島は懲りずに煙を吸い込んでは眉をしかめる女をじっと見ていた。
「名前は?」
「あん?ワシか?ワシは真島や、真島吾朗。神室町では結構な有名人さんなんやで。」
「組長さんでしょ。」
「…なんや、知っとったんかいな。けどジブンめずらしいな、普通は女なんかワシと堂々と向き合って喋らへんで。あ、ホステスのネエチャンらはちゃうけど。」
彼女は初めての煙草への嫌悪感をぶつけるように短くなったそれをコンクリートに押しつぶす。
「いまさら怖がったって仕方ないじゃないですか。私がまだいるのにバリケードを閉じたあいつらの方がよっぽど怖い。」
「そらそやな、窮地に追いやられた人間ほど怖いもんはないわ。皆自分の事しか考えてへん。」
ふふふ、と女が笑った気がした。
「せやけどそんな奴らに嫌気がさしたからここに残ってるんか?せやったら悪い事は言わん、さっさと外に出たほうがエエ。ワシが暴れ出す前に、な。」
「暴れ出す?じゃあ真島さんが暴れ出したら私楽に死ねるんですかね。」
本気で言うてんねや!
そう真島が声を張り上げると、女は体をびくりとさせ両足を抱え俯いてしまった。
(…まいったなぁ〜まさか大声出しただけで泣くとは思わんかった……)
「いや、スマン、ちょっと声大きすぎた…」
なんとかなだめようと黒い革手袋に包まれた右手で女の肩に触れた。
「さっ触るなっ!!!!!」
とっさに手を引っ込めると、顔を上げた彼女の額に無数の水滴が浮いていた。それは顔だけでなく首筋にも浮かんでおり、青ざめた顔色からして冷や汗に違いなかった。
「お…おいどないしたんや具合でも悪いんとちゃうか?ならよけいにはよ外に…」
「くっ…………」
しばらくして幾分収まったのか女から安堵のため息が零れた。
「なあ、はよ外いけ。どうしても行けへん言うんやったらワシが担いででも連れてくで。」
「…真島さんのほうこそバリケードの外に出た方がいいですよ。」
すうっ、と深呼吸をして彼女は言った。
「…咬まれてるの、私。もうすぐあいつらと一緒になる……だからっ…」
「…ヘエ……奇遇やなぁ……ワシもや。」
「え…………」
鳩が豆鉄砲を食らったように、彼女は目を丸くした。
こんなにあっけらかんとしている男が咬まれているなんて。もう少し神経質になってもいいんじゃないか、きっとそう思ったに違いない。
「最初に言うたやろ?ワシは"まだ"人間や、って。」
真島は腕をちらりと見せ、ニタリと口角を上げた。