main-連載
□恋する狂犬10
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3日ほど前だろうか。
私は仕事を終えて1人ドレスのまま神室町を歩いていた。
相変わらず周囲は賑やかなのに、私のまわりだけ音のない世界のように静かで別世界のよう。
私の中から真島さんが完全に消えてしまったら、この派手なネオンさえ見えなくなってしまうだろう。
一方的にあの日切られた電話。
もう一度かけなおす勇気などない。
これは自業自得だから…
真島さんの嫌いな嘘をついてしまったからそんな私への罰だ…。
今日キャバクラのオーナーに辞めたいことを告げた。
さすが自由出勤のゆるい店だったおかげで来週いっぱいでやめれることになり、残された数日はきっちりキャバ嬢としてやりきろう。
必死になってお金を貯めて神室町にしがみつく理由はもうない。
少しの貯金ならある。
やめたらここを離れよう。どこか遠く違う県に行ってやり直そう。
そして二度と神室町には訪れない。
真島さんの思い出も全部置いていこう。
私はキャバクラのスカウトの男性を振りきりながら特にあてもなく歩いていた。
突然大きな爆発音が耳に飛び込んだのはちょうど劇場前広場にいた時だった。
音の方向へ野次馬をしに駆け出す人、身の危険を感じて離れていく人、大勢の人達が見上げる方に目を向けると、神室町に聳え立つ高層ビルミレニアムタワーから煙と炎があがっている。
爆弾テロ?
どこからともなくざわざわと人達が集まってくる。
一緒になってミレニアムタワーを見ていたら空からなにか降ってきた。
それは春風に煽られて散る花びらのようにヒラヒラと揺れながら地上にいる私達に降り注ぐ。
「かっ……金だーっ!!!!」
誰かが叫んだのを合図に、我先にと人々が手を伸ばし舞い落ちてくる一万円札をひっつかむ。上ばかりでなく落ちたお金をアスファルトに張り付いてかき集める人もいる。
数日前の私なら一緒になってこの夢のようなお金の花びらを拾い集めていただろう。
けどここ神室町を出ると決めた今、お金に執着心はなくなった。
いくらお金があってもついた嘘は取り消せない。
真島さんの気持ちを取り戻すこともできない。
ヒラリと足下に落ちてきた一枚、それだけを拾い手帳に挟むと、私は異様な光景の劇場前広場を後にした。
「あーやだ、遅刻しちゃうかも。」
こんな雨の日はずっと部屋の中に引き込もっていたいけれどそうすることもできず、私は時計をくれた社長さんとの同伴で神室町に向かっていた。
さすがにいつもより人通りの少ない神室町だがそれでも行き交う人達はとても楽しそうで羨ましく想えた。
「ねえ、さっきの人ってヤクザの人じゃないの〜?」
「ああ、けどいつもの派手な服じゃなかったよな?」
ふいにすれ違ったカップルの話が耳に飛び込み、咄嗟に私はそのカップルの腕を掴んでいた。
「な、なんだよっ…?!」
「すっすみませんっ!その人どこで見かけたんですかっ?!」
浮気相手かと勘違いした彼女が私を睨み付ける。
迷惑そうに彼氏が答えた。
「…ホームレスがよくたまってる公園。わかる?そこにいたよ。」
居場所を聞くなり私の足は走り出していた。
会ってどうするだとか何て声をかけようとかそんなこと何も考えていない。
お店をやめることにしてから3日、ずっと神室町で真島さんを探していたけど見つからなかった。
今会わなければもう二度と会えないかもしれない。
私は後先考えずに西公園へ向かった。