main-連載


□恋する狂犬
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「どれでも好きなもん選び。これなんかエロくてええやんか〜?」

BGMをかき消す大きな声が今日も店内に響き渡る。
街を歩けばほとんどの男達が振りかえるほどの綺麗な女性から漂う色気ある香水の香りで、あっという間に空間が埋め尽くされる。


「御試着なさいますか?」
鏡に向かってドレスを合わせている女性にハルは声をかけた。軽く頷いた女性をどうぞとフィッティングルームに案内する。
着替える間のほんの数分も落ち着いて待てないのか、男はしきりとドレスを引っ張りだしては自分に合わせてみたり、「なぁまだか〜?覗いてもええ?」と扉越しに話しかけたりしている。


週末になると毎回違う女性を連れてやってくるこの男がハルは苦手だった。
革の細身のパンツに派手なジャケットからは鮮やかな彫り物が見え隠れしており、どうみてもその筋の人間に見える男、しかもどこに落としてきたのか、左目にはあつらえた黒い眼帯をつけている。


「あのお客様には失礼のないように」

そうオーナーに教育されているスタッフ達は、皆笑顔を見せてはいるもののどことなくひきつっている。


「吾朗ちゃんどぉ?」

フィッティングルームの鉄の扉から颯爽と姿を現した女性は、先ほどよりも強い色気を放ち、周囲の視線をひとつ残らず集めた。


「ええやないか〜!!」

大げさに見えるほどのリアクションをした男はいやらしい目付きで全身を舐めるようにチェックした。

「それにきまりや!もうこのまま着て行くわ、いくら?」

革手袋に覆われた掌で、ドレスがぴったりと張り付いた形のいいヒップの丸みを味わうように撫でてから、男は分厚い財布を取り出すと一万円札を数枚ハルに渡す。

「少々お待ち下さい。」

お釣りを取りに行くハルの背中に向かって男はいつものお決まりの台詞を言った。

「釣りはいらんで。みんなでケーキでも食べ。ほなおおきに。」


背中越しににひらひらと手を振った後、女性の腰に腕をまわすとその男は神室町を我が物顔で歩いて行く。

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